“燃え尽き症候群”を生むシステム(2022)
THE HAPPY WORKER
監督:John Webster
評価:60点
おはようございます、チェ・ブンブンです。
NHKで放送されているBS世界のドキュメンタリーにCPH:DOXで観逃していた”THE HAPPY WORKER”が邦題『”燃え尽き症候群”を生むシステム』としてお披露目となった。仕事が辛くなる要因である無意味な仕事を「ブルシット・ジョブ――クソどうでもいい仕事の理論」のデヴィッド・グレーバーや「バーンアウトに打ち勝つ処方箋」モニク・バルコアによる言説も踏まえて掘り下げたドキュメンタリーなのだが、 驚くべきことに製作国がフィンランドである。フィンランドといえば、日本では福祉、教育、幸福度の観点から神聖化されがちな国であるが、そんな国から絶望的な労働のドキュメンタリーが発信されているのだ。どうも、日本における仕事へのストレスは世界各国でも生じているらしい。ということで観てみた。
『”燃え尽き症候群”を生むシステム』あらすじ
頻繁に業務を遮る電話、長引く会議、多すぎるペーパーワーク…私たちは過酷な労働環境にどう向き合えばよいのだろうか。働き方から社会を読み解くドキュメンタリー。
ある調査によれば、「熱意にあふれる社員」の割合はわずか2割、「やる気のない社員」は6割に達しているという。ストレスや怒りを感じているのに働き続けた結果、心身ともに疲れ果てて仕事を続けられなくなることも。燃え尽き症候群のケースなどを紹介しつつ、人生のリセットについて考える。
※NHKサイトより引用
「人」は制御可能な「数」として搾取される
マルティン・ハイデッガーは「技術への問い」の中で技術を「集-立(Ge-Stell)」の概念を使って説明している。川を水力発電にするとき、川はエネルギーを生むものとして置換され、発電システムによって蓄えられる。技術とは、自然のものをコントロール可能なものにして蓄えることである。これはやがて人間にまで波及し、人は人(存在)でなく数(エネルギー)として扱われるようになってしまう。
『”燃え尽き症候群”を生むシステム』では、第二次世界大戦中から引き継がれる無駄を生み、人間の労働意欲を削ぐ状況について掘り下げているが、まさしくハイデッガーの概念が腑に落ちるもの具体例となっている。本作によれば、人間から人間らしい労働を奪った存在として事務職、管理職があげられる。事務職、管理職のおかげで膨大なペーパーワークが生まれる。しかも、巨大な組織の運動の中で作られるペーパーワークは誰に読まれるのかも分からず、虚無な仕事として我々に降り掛かり、報われる状況が見えずストレスが溜まってくるのだ。実際に統計データを取ると、多くの国で現状の仕事に不満を抱えているとのこと。そして、人間らしい仕事をしている人ほど、給与が少ないことも明らかになる。
現代社会はハイデッガーの言うところの「存在するものを消費する」ことであり、「存在」を自然をエネルギーに変える同様、消費する対象として立ち回る経済が支配している。そのため、会社の経営層はもちろん、銀行マン、証券マンのように人を数として扱う人種ほど給与が高くなる傾向がある。そして多くの労働者は、本来、人=存在であるにもかかわらず、社会システムの中でエネルギーとして蓄えられる。つまり、存在から見放されてしまうのだ。そして、人が現状を克服するために技術を用いることが類人猿が火を覚えたことから続く自然な行為であることから、この流れに抗うことはできない。
本ドキュメンタリーは、終始絶望的な事象の羅列に終わっている印象を受けたが、「数」から「人」に舞い戻ることがストレスから解放されることだと思った。仕事の観点では打破する方法を見つけられていない。しかし、コンテンツに縛られた時代における次のステップは見通せるのかもしれない。今となっては、ブログもYouTube動画も音楽のサブスクも、何万人がアクセスしたり、視聴してもクリエイターには全然還元されない。物理的世界であれば東京ドームでフェスをしている規模感にもかかわらずだ。視聴者は微々たるエネルギーに置換され、存在としての実感が湧きにくくなっている。そして経済は人々の時間をエネルギーとして吸い上げようとしている。
そんな時代に我々ができることは、時間の手綱を握ることである。クリエイターの場合、ライブがより重要となってくるだろう。アーカイブとして保存され消費されることにより得るものより、ライブならではの体験価値を生み続ける。そこに人を集めることで一回性の唯一無二の体験を生み出すことができるのだ。また自分と存在の乖離を防ぐことができるだろう。ユーザーは、プラットフォームがエネルギーの流れを制御しようとしていることに気づき、自分の時間を誰に捧げるべきかを検討する必要がある。また、経験を言語化し発信することによってエネルギーとして消費されるのではなく、自分を存在者として維持することができる。私がYouTube動画での体験をnoteに書くことはまさしく自分が存在者であり続けるための活動であり、会社生活で私を陥れようとする燃え尽き症候群の足音から遠ざけるものといえよう。
※CPH:DOXより画像引用
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