【CPH:DOX】『ボストン市庁舎』ワイズマンが贈る崩壊する民主主義への処方箋

ボストン市庁舎(2020)
City Hall

監督:フレデリック・ワイズマン

評価:80点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

CPH:DOXの目玉としてフレデリック・ワイズマンの『City Hall』が配信されている。ドキュメンタリー映画の巨匠である彼が生まれ故郷ボストンに舞い戻り、マーティ・ウォルシュ市長の活動を中心に市民と政治の関係性を紡いでいく内容である。これは単に老年に差し掛かったワイズマンの回顧色強い対象ではない。前作『インディアナ州モンロヴィア』でドナルド・トランプ支持者多い地域を撮ったワイズマンが、今度は反トランプ派の地域を撮ったに過ぎず、まさしく蝶番の関係となっている。本作を観ると、何故カイエ・デュ・シネマが2020年のベストワンに本作を選んだのかがよく分かりました。というわけで感想を書いていきます。

※邦題『ボストン市庁舎』で2021/11/12(金)Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ他にて公開。岩波ホールではないんですね。

『City Hall』概要

After four years with the United States’ former president, it is all the more liberating to meet an American politician who truly believes in democracy, especially in a film that gives more than enough room for it to unfold. The 91-year-old documentary legend Frederick Wiseman’s film about Boston’s mayor, the former construction worker Martin Walsh, is in fact an epic tribute to the institution that is a bulwark against a dog-eat-dog society. There are plenty of challenges in his city: racism, inequality and housing shortages. And we get to see the entire city in an energetic and outgoing film, where the profoundly likeable Walsh always looks people in the eye.
訳:アメリカの前大統領との4年間を経て、民主主義を真に信じるアメリカの政治家に出会うことは、特にそれが展開される余地を十二分に与えてくれる映画の中で、より一層の解放感をもたらしてくれる。91歳のドキュメンタリー界のレジェンド、フレデリック・ワイズマンがボストン市長、元建設作業員のマーティン・ウォルシュを描いた本作は、実際、犬食い社会に対する防波堤となる制度への壮大な賛辞となっている。彼の街には、人種差別、格差、住宅不足などの課題が山積しています。そして私たちは、深く好感の持てるウォルシュが常に人々の目を見ているという、エネルギッシュで外向的な映画の中で、街全体を見ることができる。

※CPH:DOXより引用

ワイズマンが贈る崩壊する民主主義への処方箋

ブルータリスト建築の無骨なボストン市庁舎に始まり、ボストンの街のどこかドライな建築を巧みに挿入しながら、都市から政治、市民へと微分を重ねていくことで人の営みの重要な要素を抽出していく。マーティ・ウォルシュ市長は、限られた予算の中でボストンの中にある様々な問題を解決しようとしている。癌やアルコール中毒といった厳しい境遇を乗り越えてきた彼は対話を重視しており、労働者やマイノリティ、韓国系、プエルトリコ系といった人種のコミュニティとの議論の場を設けて傾聴する。看護師のストライキ会場にも足を運ぶ。障がい者支援団体に訪問した際には、自らエプロンを身につけ、給仕を行ったりしている。さらには大麻薬局のオーナーにすら議論の場が設けられていたりするのだ。

ドライで粛々と業務をこなす彼、対話を重要視する為、鈍重に政治は動いていくのだが、一つ一つの問題とじっくり向き合って街のレベルを向上させていこうとする愚直さこそ民主主義の真の姿だとワイズマンは囁いているようにみえます。それは間接的にドナルド・トランプ的政治、もとい2010年代以降世界同時多発的に崩壊していく民主主義に対する批判となっている。

『インディアナ州モンロヴィア』ではトランプ派多数の地域を扱っているにもかかわらず、観客の予想を裏切り、ユートピアのような平和が紡がれていった。これにより外の世界に対する無関心さの脅威を暗示させていた。『City Hall』では本来の民主主義のあり方を4時間半に渡って提示し続けることで、今の世界が誤った方向に突き進んでいることを告発している。またフレデリック・ワイズマンももう90歳を超え、残された時間が少ないことを悟っているのか、彼が一番重要視しているであろう議論や演説のシーンが大半を占めているのも特徴的であろう。

だが、流石はドキュメンタリーの王だけあって4時間半飽きさせないギミックが多数さりげなく仕組まれている。このドキュメンタリーにはアクションがあるのだ。長い議論や演説の合間には市民の活動が挿入される。そこでは、ゴミ収集車がベッドや台車といった、日本では粗大ゴミになりそうなものをバキバキと貪り食う場面がある。このゴミ収集車が壊れるか壊れないかのサスペンスが面白い。

また、ボストンの歴史的資料が眠る場所に着目すると、外の祭の音に合わせてまくし立てるように絵画をスライドさせていく。こうした変調を定期的に加えることで、観客は世界に没入することができるのだ。また、デヴィッド・クローネンバーグ『クラッシュ』のように無機質に複雑な街をドライに撮ることで、行政が市民の問題を解決するのは一筋縄ではいかないことに説得力を持たせているといえる。

一方で、議論/演説に対する執着が強い為、4時間半必要であったかと聞かれると疑問を抱いたりする。『ニューヨーク、ジャクソン・ハイツへようこそ』、『エクス・リブリス ニューヨーク公共図書館』そして『インディアナ州モンロヴィア』の手数に比べると少ない気がする。流石に、無骨な建築→市長との議論→市民生活をグルグル回転させるだけで4時間半持たせようとするのは無理がある気がした。

しかし、これはボストンやアメリカだけの映画ではない普遍性はあるし、今に必要な処方箋であるのは確かだ。日本ではワイドショーを見れば、政治家やコメンテーターが怒鳴りあって相手を潰すことしか考えてないし、政府は開き直って市民を無視している。恐らく、フランスの映画誌カイエ・デュ・シネマの年間ベストにおいて1位を取った理由も、シャルリー・エブド襲撃事件や黄色いベスト運動でどんどんと分断が発生して暴力でしか解決できなくなったことに対する処方箋として推しているところがあるのではないだろうか。

日本での配給はついているようなので、早く公開されることを祈ると共に個人的には『インディアナ州モンロヴィア』の公開も併せてお願いしたいと思う。

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※CPH:DOXより画像引用

 

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