【CPH:DOX】『Mr. Bachmann and His Class』6年B組バフマン先生

Mr. Bachmann and His Class(2021)
Herr Bachmann und seine Klasse

監督:マリア・スペト

評価:90点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

CPH:DOXに第71回ベルリン国際映画祭審査員賞を受賞したドキュメンタリー『Mr. Bachmann and His Class』が選出されていた。本作はドイツ・シュタットアレンドルフの学校で教師をしているディーター・バフマンと生徒との関係を3時間半以上に渡り捉えた作品だ。教育ドキュメンタリーといえば第61回カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞した『パリ20区、僕たちのクラス』が有名ですが、本作もまた教職課程で取り上げられるであろう興味深い内容でした。

『Mr. Bachmann and His Class』概要

Where does one feel at home? In Stadtallendorf, a German city with a complex history of both excluding and integrating foreigners, genial teacher Dieter Bachmann offers his pupils the key to at least feeling as if they are at home.
訳:人はどこで自分の家だと感じるのでしょうか?外国人を排除したり受け入れたりする複雑な歴史を持つドイツの都市スタッタレンドルフで、温厚な教師ディーター・バックマンは、少なくとも自分の家であるかのように感じるための鍵を生徒たちに教えています。

imdbより引用

6年B組バフマン先生

パン屋の朝は早い
バスの運転手の朝も早い
そして、当然ながら子どもたちの朝も早い
陽が昇る前から子どもたちは学校を目指す
パン屋でごはんをゲットし、バスでウトウトしながら登校する

饒舌なナレーションが入りそうなオープニングですが、本作はショットだけで魅力的な切り口を語ってみせる。ドキュメンタリーでありながらも「映画」を意識した作りによって好感もってこの映画に向き合うことができる。

こうして本作の主役であるディーター・バフマンが現れる。驚いたことに、AC/DCの若干ヨレた服を着てダラんと座りながら授業をし始めるのです。確かに海外の学校はラフな姿で授業をするイメージが多いのですが、それにしてもユルすぎるだろうと思わずにはいられない。そして、生徒との間合いの詰め方も独特でどこか教祖のような怪しさもある。生徒も退屈そうに授業を聞いている。音楽の授業では、生徒たちに楽器を習得させて、いざ発表のタイミングになると、我先にヴォーカルを担当し、渋い歌声を轟かせている。大丈夫だろうか。私とバフマン先生の出会いは良いとはいえなかった。

しかしながら、観ていくうちにバフマン先生の授業がいかに凄いかが分かってくる。職員室で、生徒の進級を巡って他の先生と議論をする。移民が多いこの地区では、ドイツ語が理解できず学業に支障をきたす生徒が少なくない。バハマンのクラスではルーマニア、ブルガリア、トルコ、カザフスタン、サルデーニャなど9カ国もの移民がドイツ語に不自由を感じながらも勉学に励んでいる。生徒のひとりステフィに関して他の先生が悩んでいると、バフマンはこう語る。

「最初はわからないことを言えなかった彼女だけれども、今はわからないことをしっかりと言葉で言える。これは大きな成長ではないか。」

バフマンはそれぞれの家庭の事情を洞察し、決して切り捨てることはしないのだ。一時期、日本ではフィンランド式教育法がもてはやされた。フィンランドの学校ではカリキュラムを自分で組み、自分のリズムで勉強するのだそうだ。これの本質は移民が多いため画一的な教育を行うのが難しいところから来ている。とはいっても、ある程度のベクトルを合わせる必要がある。バフマンは、生徒たちの自主性を尊重し、音楽の授業では生徒の希望に応じて楽器を与える。そして生徒がやりがいを感じるように盛り上げる。読書時間では先生も好きな本を読むことで、生徒の意欲をかきたてている。

また三者面談では仕事や宗教、言語面で苦労している親を安心させることに務めており、「ほら歌うまかったから一緒に歌ってみようか」と生徒の才能を親に魅せるアプローチをとっていたりする。

かなり間合いが近い気もするが、絶妙な塩梅で一線を超えない。生徒を対等に扱い、生徒が嫌がるプライベートまでは踏み込まないのだ。それが顕著に現れる例を2つ紹介しよう。

一つ目は、常にヒシャブを身につけている内気な生徒フェルハンは頻繁に塞ぎ込んでしまう。バフマンは授業では彼女の内面に踏み込まない。お菓子を生徒に配る際に、さりげなく1個多めにチョコレートをあげるぐらいに留めている。だが、宗教絡みでイジメが発生した場合には、イジメた方を一旦授業から退避させて、メンタルケアに務める。当然、イジメた方にも個別で面談をする。言葉が不自由だからこそ、心のモヤモヤを言語化できず対立を生んでしまう。そのモヤモヤを自分の力で言語化するようレールを敷くのが教師の役割だということがよく分かります。

二つ目に、成績表の話がある。これだけ優しい先生なら、成績の付け方も甘いのでは?と思うでしょう。少なくても日本の教育現場では優しい=成績の付け方が甘い方程式が成り立つ傾向にある。しかし、バフマンの成績の付け方はシビアだ。割と平気で低い評価「D」をつける。頑張っているのに結果が出せず落胆する生徒もいる。しかし、バフマンは個別面談で「どうしてDなのか?」を語り、その上でどうすれば成績が上がるのかを生徒ひとりひとりに則したアプローチで教えていく。「ボクシングやっているなら、そのことについて書いてくれ。」みたいな形で。そして彼はこう語る。

「この成績は君たち個人を表している訳ではない」

複雑な家庭事情の中で成長していくプロセスの中にあるチェックポイントとして成績があるのであって、成績は人格を決めるものではないと彼はバフマンは訴えているのです。

教師という権威を振りかざすわけでもなく、友人になるわけでもない。人として真摯かつ対等に接することに徹する。だから、彼は慕われているのだ。「教師」と呼ばれているのが教師ではないんですよ。生徒達から慕われているのが本当の「教師」なんですよ。と金八先生は語っているが、まさしくそれを体現している先生がディーター・バフマンであった。

大学時代、教職課程を取っており、教育実習していたこともあるので3時間半ずっと知恵熱が出っ放しでした。超長尺映画ですが、日本公開してほしい作品でした。

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※imdbより画像引用