【東京国際映画祭】『タバコは咳の原因になる』「恐怖」は団結の薬にならない※ネタバレ

タバコは咳の原因になる(2022)
原題:Fumer fait tousser
英題:Smoking Causes Coughing

監督:カンタン・デュピュー
出演:ジル・ルルーシュ、ヴァンサン・ラコスト、ウラヤ・アマムラetc

評価:100点

おはようございます。チェ・ブンブンです。

チープで90分以内、でも他のZ級映画とは一味違う職人業を魅せる異彩カンタン・デュピュー。彼の新作戦隊モノ『タバコは咳の原因になる』が第32回東京国際映画祭で上映された。本作はカンタン・デュピューを追っていた者にとってはご褒美と言っても過言ではない集大成となっていた。今回はネタバレありで書いていく。この映画はサメ映画等の映画が好きなVTuber界隈で同時視聴企画が乱立する程のポテンシャルを持っており、日本公開はするだろう。一方で、細かく観ると凄いテクニックが隠された映画となっている。ネタバレなしはFilmarksに書いたので、観る予定のある方はそちらを参照していただければと思う。

『タバコは咳の原因になる』あらすじ

地球を侵略者から救うために日夜奮闘する“タバコ戦隊”の活躍を描くコメディ。亀怪人を殲滅した後、リーダーはメンバーの結束を深めるために合宿生活を提案する。カンヌ映画祭特別上映。

※第32回東京国際映画祭より引用

「恐怖」は団結の薬にならない

少年が車から降り、小便を足そうとする。しかし、あるものを発見し大歓喜。親父にせがんで双眼鏡を入手する。彼の眼差しの先には、亀怪獣と戦うタバコ戦隊「タバコ・フォース」の姿が!子どもにとってはもはや信仰の対象であるタバコ・フォースだが、信仰の外側にいる父親からみると「ダサい」存在に見える。さらっと、沼の内側と外側の視点を描いているところにカンタン・デュピューのテクニックが光る。この対比を背に、タバコ・フォースは戦う。彼らの団結は煙だ。

・ベンゼン
・ニコチン
・メタノール
・水銀
・アンモニア

それぞれの煙を怪獣にぶつけ、肺ガンにさせて倒す。あまりにカッコ悪い攻撃方法なのだが、壮絶な血飛沫が親子にまで降りかかると、両親はタバコ・フォース沼に浸かる。沼を見てしまったらもう後戻りできないのだ。


タバコ・フォースは団結力が弱まっているらしく、「Flat Beat」に登場するパペットFlat Ericに似たボスネズミの指示でバカンス旅行へと出かける。戦隊モノにもかかわらず、映画の大半はバカンス先で「怖い話」を語り合うのだ。フィクションにおいて他者の語りは、都合よく別のジャンルへと飛躍することができる。家で発掘した鉄仮面によって暴力マシンとなった女の殺戮劇、粉砕機に身体が巻き込まれてしまった男の脱出劇などを、各人が語り合う。そこに通りかかった女や、料理の魚まで加わる。こうした怖い話は、安全圏から消費する。同じ話を共有することによって、共通点が作られて団結が生まれてくる。しかし、怖い話がいざ「現実」のものになると、人々は狼狽するものである。では映画は、怖い話を通じた団結力で現実の恐怖と立ち向かう話になるのだろうか?そうはならないのがカンタン・デュピュー監督の面白いところである。本当の恐怖を前に、人々は戦うための団結はしないのだと語る。諦めて黄昏る団結ならあると映画で描くのだ。嫌煙家集団である彼ら/彼女らが延々と起動しないロボットを前にタバコを吸う。それを暗闇に照らされる小さな光として捉える美しさを通じて現実味のある諦めを捉えた。

また、よく観ると途轍もない風刺に気付かされる。タバコ・フォースの基地には冷蔵庫がある。その冷蔵庫を開けると、女性がいる。冷蔵庫の中にスーパーマーケットが入っているのだ。しかし、彼女はタバコ・フォースの要望にはあまり応えない。これは、都合よく殺される女性キャラの比喩「冷蔵庫の女」を風刺したものだろう。決して、タバコ・フォースの要望に応えない。これは物語全体を象徴することに繋がり、結局タバコ・フォースは対して戦わないし、胸熱な団結による勝利は冒頭のみとなる。

劇場公開されたら再度観てみたい大傑作である。

P.S.粉砕機で口だけになった男が、バケツの中から語りかける場面が面白すぎて爆笑でした。こういう異様な光景を映画館で観たいのですよね。

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※第32回東京国際映画祭より画像引用