【ネタバレ】『ちびまる子ちゃん わたしの好きな歌』日本がまだ遠かった時代に

ちびまる子ちゃん わたしの好きな歌(1992)

監督:須田裕美子、芝山努
出演:TARAKO、水谷優子、屋良有作、一龍斎貞友(鈴木みえ/鈴木三枝)、富山敬、佐々木優子etc

評価:90点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

神保町シアターで幻の映画『ちびまる子ちゃん わたしの好きな歌』が上映されるということで観てきた。本作はミュージカル映画となっており、音楽パートを『夜は短し歩けよ乙女』、『映像研には手を出すな!』の湯浅政明が手がけていることでも知られている。これがめちゃくちゃ面白かった!※ネタバレ記事です。

『ちびまる子ちゃん わたしの好きな歌』あらすじ

学校で「めんこい仔馬」という歌を習ったまる子ことさくらももこは、それを図工の時間の絵のテーマにするがどのように描いたらいいか分からなかった。ある日、静岡の祖母の家近くで似顔絵描きのお姉さんに出会い、「めんこい仔馬」は、実は戦争で馬と少年が別れなければならない悲しい歌なのだと3番の歌詞まで教えてもらう。

映画.comより引用

日本がまだ遠かった時代に

スマホのある時代。日本は、世界は狭く窮屈になってしまった。しかし、スマホもない、携帯電話が子どもにとって遠い時代、時間は豊かに流れ、電車に乗って少し移動するのは大冒険だったりする。そんな懐かしい時間の流れと距離感を味わえる作品となっている。また、その意識の流れで生み出される豊かな想像力に触れることができる作品でもある。

まる子は祖父母に会うため、電車に乗ろうとする。すると花輪クンが、君もロールス・ロイスを試したまえと車に乗せてもらえることになる。小学生にして運転席が左側の外国車に乗るなんてまるで、かぼちゃの馬車に乗るシンデレラのようだ。そもそも小学生が車に乗ることは、宇宙船で移動するようなスペクタクルである。それを湯浅政明テイストなドラッギーなアニメで綴られる。川を乗り越え、空を飛び、窮地を回避するヒデ爺はカッコいいそのものである。

目的地に着いたまる子は、駅を歩いていると絵描きのお姉さんと出会い親密な関係になる。まる子が学校の授業で歌をテーマにした絵を描くことになっていると語ると、学校では教えてもらえなかった「めんこい仔馬」の続きを教えてもらう。あまりに悲しい話に感傷的な気分にさせられるのだ。

そんなまる子の目線からお姉さんの人生が語られる。お姉さんにはボーイフレンドがいて、もうそろそろ結婚かなと考えている頃だ。将来の子育てを考えてなのか、まる子を水族館デートに付き合わせようとする。これによる彼の反応を伺うためだろう。しかし、家族の猛反対を受け、まる子は友蔵同伴でやってきて、奇妙なダブルデートが勃発する。それでも、彼はプロポーズを行い、結婚の準備が始まる。しかし、彼は故郷で牧場を営むため、北海道に帰ろうとする。お姉さんは、東京の出版社を巡りイラストレーターとしての夢を叶えたいと思っている。夢を諦めなければならないのか?そこにまる子が現れ、「絵なんてどこでも描けるけれど、彼は一人しかいないんだよ。」と叫び、お姉さんの背中を後押しするのだ。

本作は実は、クロード・ガニオン『Keiko』同様、美しい女性同士の関係を通じて紡がれる自由な空間が「結婚」という呪いによって引き裂かれる物語である。確かに、映画自体はお姉さんのイラストが大賞を獲るハッピーエンドであるが、彼女の夢はそこで終わりを意味する。今のように、SNSで作品を発表してといったことができない時代、東京と北海道の距離があまりにも遠い時代なので、お姉さんはまる子のかける呪いによって、夢を諦める話となってしまっているのだ。非常に悲しい話に切なくなった。

そんな悲しい話ではあるが、かつての和製ミュージカルを彷彿とさせる華やかで斬新で楽しい演出が苦味を中和してくれる。花輪クンがインドネシアで味わう独特な建築や美しい女性に狼狽した思い出の曲、はまじの「買い物ブギー」のシュールで軽妙な身体表象は没入観を与えてくれる。また、友蔵が酔っ払ってまる子にキレながら絡んだり、こたけがキレる様子が観られたりとレアな描写も味わえるので貴重だったりもする。

確かにカルト映画になるのも納得な大傑作だったと言えよう。絵描きのお姉さんと出会って、宿題の絵を完成させるだけの話なのになんて豊穣な物語だったんだろう。

P.S.神保町シアター初めて行ったのですが、都内最高クラスに環境が良かったです。都内の映画館は座席間のスペースが狭かったり、高低差が低かったりするのだが、そういった空間における不快感は一切ありませんでした。