【アカデミー賞】『ファーザー』最恐の殺し文句「ちょっと何言っているか分からない」※ネタバレ考察

ファーザー(2020)
The Father

監督:フロリアン・ゼレール
出演:オリヴィア・コールマン、アンソニー・ホプキンス、ルーファス・シーウェル、イモージェン・プーツ、マーク・ゲイティス、オリヴィア・ウィリアムズetc

評価:90点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

第93回アカデミー賞で作品賞、主演男優賞(アンソニー・ホプキンス)、助演女優賞(オリヴィア・コールマン)、脚色賞( クリストファー・ハンプトン、フローリアン・ゼレール ※「Le Père 父」)、美術賞(ピーター・フランシス、セット・デコレーション: キャシー・フェザーストーン)、編集賞(ヨルゴス・ランプリノス)の6部門にノミネートしている『ファーザー』を観ました。

本作は日本でも上演された戯曲Le Père 父」の映画化で、戯曲を手がけたフロリアン・ゼレール自らメガホンを取っている。映画監督デビュー作にもかかわらず、アカデミー賞で6部門ノミネートする快挙を成し遂げているのですが、それも納得凄まじい傑作でありました。

一方で、非常に扱いが難しい、ここ数年の中で最も危険なネタバレ地雷原である。海外/日本問わず、その扱いには困っているらしく、ボカして紹介していたり、堂々とネタを割っていたりする。もし、貴方がミステリー映画が好きなのであれば、あるいは本作をミステリー映画として観る予定であれば当記事は読まない方がよいでしょう。予告編、粗筋何も触れずに観ることオススメします。

当記事は、ヒューマンドラマとして、ホラー映画として本作を紹介します。よって、本作に取って触れる必要があるギミックについて扱います。なので実質ネタバレ記事となっていますのでお気をつけください。

尚、日本公開は2021/5/14(金)です。

『ファーザー』あらすじ

名優アンソニー・ホプキンスが認知症の父親役を演じた人間ドラマ。日本を含め世界30カ国以上で上演された舞台「Le Pere 父」を基に、老いによる喪失と親子の揺れる絆を、記憶と時間が混迷していく父親の視点から描き出す。ロンドンで独り暮らしを送る81歳のアンソニーは認知症により記憶が薄れ始めていたが、娘のアンが手配した介護人を拒否してしまう。そんな折、アンソニーはアンから、新しい恋人とパリで暮らすと告げられる。しかしアンソニーの自宅には、アンと結婚して10年以上になるという見知らぬ男が現れ、ここは自分とアンの家だと主張。そしてアンソニーにはもう1人の娘ルーシーがいたはずだが、その姿はない。現実と幻想の境界が曖昧になっていく中、アンソニーはある真実にたどり着く。アン役に「女王陛下のお気に入り」のオリビア・コールマン。原作者フロリアン・ゼレールが自らメガホンをとり、「危険な関係」の脚本家クリストファー・ハンプトンとゼレール監督が共同脚本を手がけた。第93回アカデミー賞で作品賞、主演男優賞、助演男優賞など計6部門にノミネート。

※映画.comより引用

最恐の殺し文句「ちょっと何言っているか分からない」

アンソニー(アンソニー・ホプキンス)は81歳。愛する娘アンが世話をしてくれている。そんなある日、彼女は「恋人とパリで暮らすの」と語る。ある日、アンソニーは家に見知らぬ男がいることに気づく。彼はアンの夫だと言う。10年以上彼女と暮らしていると語り始めるのだ。違和感を抱くアンソニー、すると彼の周りで怪奇現象が起き始める。チキンを調理していたその男は突然消える。彼だけでなく、もう一人いるはずの娘ルーシーがいない。「パリで暮らす」と言っていたアンが、突然「そんなこと言っていない」と突き放す。家族と楽しく話しているはずが、段々と顔に翳りが出てきて何故か泣き始める。一体何が起こっているのだろうか?

本作は、戯曲の映画化である為、序盤は演劇的役者渾身の会話による感情の揺らぎが積み上げられていく。映画全体に立ち込めている不穏な雰囲気は、ミヒャエル・ハネケが『愛、アムール』を作った際に、映画ファン誰しもが想定したヒリヒリとした世界観が突然10年の時を経て異次元から現れたような居心地の悪さを感じる。その魅力を味わう傍ら、「これは映画としてはどうなんだろうか?」という疑問が湧いてくる。その一抹の不安は杞憂であった。 ジョーゼフ・L・マンキーウィッツ『探偵スルース』における「演劇的」と「映画的」の境界線ギリギリのところで、「映画的」に舵を取るスリルが魅力的だったことと同様、本作はヨルゴス・ランプリノス(『ジュリアン』、『風が吹けば』etc)の超絶技巧によってある状況下の感情の表象に成功している。

「ある状況」とは何か?

それは認知症である。

アンソニーは認知症を患っており、曖昧模糊になる記憶の狭間で自他の真実の相違に悩まされる。今までも沢山の認知症を含め、記憶障害を患った者の傑作が作られてきた。しかし本作を観てしまうと、従来の作品がいかに当事者の心理に寄り添っていなかったかがよく分かる。

認知症とは、他者との真実の形に相違が生じ、その乖離が大きく広がり社会と関係を結ぶのが困難になっていく症状だ。「真実はいつもひとつ」とどこかの誰かさんは語るが、真実は事実に対して人の解釈が入ったもの。なので、人それぞれに真実がある。その人にとっては正しいのだ。だが、記憶が曖昧になると参照する事実が記憶の中で歪められる。歪んだ事実から生み出される真実は、他者が抱く真実と乖離が生じる。その乖離によってドライに突き放された時にフラストレーションを引き起こす。よく、認知症の人は突然怒り出すみたいなことが言われるが、それは自分の中にある真実が否定され、誰も信じてくれない孤独から発生するものである。

そのフラストレーションを、ヨルゴス・ランプリノスの嫌らしい編集で観る者の心を抉っていく。例えば、家に現れた謎の男について、アンに尋ねる。男はチキンを持ってキッチンへ行く。アンとお話をしていくなかで、「あの夫は?」と訊くアンソニーに対して彼女は「えっ結婚してないよ」と言い始める。すると、チキンもあの男も蒸発してしまうのだ。サンドウィッチマンのネタでよく富澤たけしが「Ha ha ha,,,ちょっと何言っているか分からない」と決め台詞を放ちますが、現実世界において自然な会話の流れでぶった斬るように「ちょっと何言っているか分からない」と言われると恐怖するものです。

つい数分前に話したことが次々とひっくり返されるのだ。その混沌の中にアンソニーは置かれるのだが、突然消えたはずのチキンや男が復活したりする。ここに編集の凄みが現れている。認知症により記憶が朧げになることは時間の概念がなくなっていくことであり、それにより時系列が複雑怪奇に結合分離を繰り返し、収集がつかなくなっていくのを編集で表現しているのだ。そして、真実が信じられなくなった時に一番重要なのはエビデンス。つまり事実のアーカイブなのだが、あの閉塞した家の中でエビデンスに触れるチャンスがほとんどないのもポイントである。外部と遮断された空間の中で、家族の言葉と自分の真実を擦り合わせていくことがいかに困難かを描き、その上で家族の憐れみの目、悲しみの涙を捉えることで切なさが観客の心を掻き乱す。

90分終始、どうすることもできない地獄に恐怖し続けました。

第93回アカデミー賞編集賞(ヨルゴス・ランプリノス)を獲ってほしい2021年最恐のホラー映画『ファーザー』は2021/5/14(金)公開です。

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※imdbより画像引用