【東京国際映画祭】『ノマドランド』どこへでも行けそうで、どこにも行けない

ノマドランド(2020)
Nomadland

監督:クロエ・ジャオ
出演:フランシス・マクドーマンド、デヴィッド・ストラザーン、Linda May etc

評価:35点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

第33回東京国際映画祭が開幕しました。今年は新型コロナウイルスの蔓延でハリウッド大作も作れず、完成済みの作品は出し惜しみされている関係で本祭も例年に比べるとパワー不足な作品が多い気がする。そんな今回最大の目玉は『ノマドランド』であった。ジェシカ・ブルーダーがリーマンショック後増えた漂流する高齢労働者を調査した『ノマド: 漂流する高齢労働者たち』を『ザ・ライダー』で注目されたクロエ・ジャオが映画化し金獅子賞を勝ち取った作品である。クロエ・ジャオは中国生まれの女性監督であり、MARVEL映画『エターナルズ』の監督に抜擢され、アカデミー賞前哨戦であるヴェネツィアを制したことから政治的にアカデミー賞作品賞に最も近い作品なのではと囁かれている。『Songs My Brothers Taught Me』や『ザ・ライダー』でケリー・ライカート的アメリカにあるanywhereとsomewhereの狭間を捉えている監督として注目しており、『ノマドランド』は東京国際映画祭一番楽しみな作品であった。しかしながら、予想に反してかなりよくない作品に感じた。日本公開は来年1月でありまだ観ていない方には申し訳ないのですが、今回は酷評記事となります。

『ノマドランド』あらすじ


町の経済破綻の後、一台の車とともに現代の“ノマド(遊牧民)”として路上に出たひとりの女性、ファーン。西部の大自然を舞台に、旧来の社会の外側にある、新しい希望を探し求めるロードムービー。
※東京国際映画祭サイトより引用

どこへでも行けそうで、どこにも行けない

原作を読んだ方なら分かるが、横田増生の潜入リポートかと思う程過酷なamazon倉庫の仕事描写があり、映画では描けないだろうなと思っていたら、最初からAmazon倉庫労働を描く攻めた演出に「おっ!」となる。ファーン(フランシス・マクドーマンド)は独り荒野をVanguard(=先駆者)から取ったオンボロ車ヴァンと共に走っている。荒野で用を足し、小さな町で必要物資を集め、繁忙期のAmazon倉庫の仕事場を目指す。車をキャンプ場のような場所に止めたら、あとはひたすらAmazonの倉庫で検品をする。数ヶ月前に日本で、老人がニコニコしながらAmazon倉庫で働く動画が物議を醸したが、まさしくその雰囲気でAmazonの仕事が映し出される。そこに厭な予感が首を滴る。原作もそうだが、横田増生の『潜入ルポ amazon帝国』を読むと、1日ハーフマラソンレベルの距離を歩かされ、過労死する人も少なくない。単純作業で、常に監視されているディストピアがAmazon倉庫の真実なのだが、やはりそこまで描いてしまうと問題なのか、表面的な仕事を描いて高齢者ノマドの集落の話に移動してしまうのだ。

この雑な演出は映画全体にまで波及する。クロエ・ジャオは、画で閉塞感を魅せるのが上手い監督だ。アメリカの雄大な自然、どこへでもいける世界が映し出されているのに、どこにもいけない世界がそこにある。アメリカならではの閉塞感を、日の出、日没の灰色の色彩で孤独を表現し、それが映画的魅力を発しているのだ。だが、『ノマドランド』では、原作で饒舌にノマドが語られる社会の仕組みと人生の辛さをかいつまんでベラベラと説明し始めるのだ。ノマドのキャンプとはどういったものなのか?ホームレスではなくハウスレスと呼んでほしいとか、リーマンショックとの関係、町の大半が工場の閉鎖で追い出された話等々を饒舌に説明してしまうのです。

それでもって肝心な仕事の場面は、リクルートサイトの広告動画のような和気藹々と働くハリボテの姿が映し出されるだけなのです。終いには、そのハリボテに引っ張られて「自由な生き方って色々大変だけれどもロマンがあるよね。」的な着地をしてしまう。キャンプ場で残業代未払いが多発し、キラキラしたポスターとは裏腹に過酷な労働をさせられる場面やビーツ工場でマシンガンのように降り注ぐビーツを捌く場面くらいは重厚に描けたはずなのに、それすらない。

そもそも、『ノマド: 漂流する高齢労働者たち』はアメリカの歴史が持つフロンティア精神の欺瞞と、その欺瞞を信じなくてはいけない境遇を汲み取ったリポートである。ピルグリム・ファーザーズは信仰の自由を求めてアメリカへ渡った。まだ知らぬ世界。そこには先住民がいたり、未開の地ならではの大変さはある。しかし、何においても自由だ。自由こそ正義だとアメリカを開拓していった。現在のアメリカでも車、飛行機といった交通手段やスマートフォンの台頭で世界は狭くなったとはいえ、アメリカには未だに荒野が広がっている。都会の閉塞感から逃れるように荒野に出ることは可能だ。自由になれる。だが、結局のところ巨大企業や社会のシステムに取り込まれてしまう。だからアメリカの閉塞感の正体は「どこへでも行けそうで、どこにも行けない」のだ。それをノマドは知りつつも、目をそらす。「ノマドは祈れば誰かと会える。数ヶ月後かもしれないし、数年後かもしれない。だから俺はこの生活を信じる。」といったように自由という名の亡霊を追い続けているのだ。それを全然描けていないクロエ・ジャオにかなりがっかりしてしまった。

余談だが、本作を観ると日本はどれだけ地獄なんだよと思う。既にケン・ローチ『家族を想うとき』評でも、イギリスの数倍日本の方が酷いと話したが、これを観ると思わず楽しそうな生活だなと感じてしまうのだ。確かに閉塞感に押しつぶされそうなのだが、自由や笑いはまだ『ノマドランド』にはある。日本の場合、50代以降の人が物流の現場でヒィヒィ働いている。また数年前にはノマドワーカーという言葉が日本でも流行り、リュックひとつで、ネットカフェやシェアハウスを転々としている者を夢がある人として紹介していたが、『ノマドランド』以上に過酷な生活である。それをポジティブに放送してしまうテレビ局にドン引きしたことがある。

なので、『ノマドランド』は日本に住む者が観ると、ある種のユートピアに見える危険性がある作品と言えよう。

なんてこった!

※imdbより画像引用

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