『おらおらでひとりいぐも』黄昏の老人は孤独を煎じ、ひとりを知る

おらおらでひとりいぐも(2020)
Ora, Ora Be Goin’ Alone

監督:沖田修一
出演:田中裕子、蒼井優、東出昌大、濱田岳、青木崇高、宮藤官九郎etc

評価:80点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

アスミック・エースさんのご好意で沖田修一監督最新作『おらおらでひとりいぐも』を観させていただきました。本作は小説講座に通い63歳にしてデビューを飾り、第54回文藝賞、第158回芥川賞をW受賞し、韓国、中国、ヨーロッパで翻訳刊行が進んでいる若竹千佐子の同名小説の映画化。『南極料理人』、『横道世之介』と小さなエピソードの積み重ねに長けている沖田修一が「桃子さん」というヒロインを田中裕子、蒼井優、濱田岳、青木崇高、そして宮藤官九郎の5人に演じさせる斬新なお話です。黄昏に生きるおばあさんの日常を138分かけて描く長尺映画なのですが、これが長さ全く感じない超絶技巧の傑作でありました。

星の子』、『スパイの妻 劇場版』(こちらも蒼井優と東出昌大コンビ映画)と日本映画がおいしい季節《秋》がコロナ禍でもやってきてくれて嬉しい限りですが、ここにもう一品並びました。

『おらおらでひとりいぐも』あらすじ


第158回芥川賞と第54回文藝賞をダブル受賞した若竹千佐子のベストセラー小説を「横道世之介」「モリのいる場所」の沖田修一監督が映画化し、昭和・平成・令和を生きるひとりの女性を田中裕子と蒼井優が2人1役で演じた人間ドラマ。75歳の桃子さんは、突然夫に先立たれ、ひとり孤独な日々を送ることに。しかし、毎日本を読みあさり46億年の歴史に関するノートを作るうちに、万事に対してその意味を探求するようになる。すると、彼女の“心の声=寂しさたち”が音楽に乗せて内から外へと沸き上がり、桃子さんの孤独な生活は賑やかな毎日へと変わっていく。75歳現在の桃子さんを田中、若き日の桃子さんを蒼井、夫の周造を東出昌大が演じるほか、濱田岳、青木崇高、宮藤官九郎という個性的なキャストが桃子さんの“心の声”たちに扮する。
映画.comより引用

黄昏の老人は孤独を煎じ、一人を知る

桃子さんは仄暗い部屋で一人佇んでいる。彼女は隣の部屋の深淵を虚無の眼差しで眺める。天井に雨の雫が滴る音が聞こえるほど静寂した空間だ。しかし、再び彼女の目線先をカメラが覗き込むと、そこには恍惚としたノスタルジックに満ち溢れた陽光の中に凝縮された家族の肖像が浮かび上がる。プルーストは『失われた時を求めて』の中で、窓というフレームから見える人間の生き様、ある種のドラマを通じて自分の人生と結びつけていたが、孤独に見えた彼女はテレビのようにその深淵から己の過去を紡ぎ出す。そしてそのプロセスの中で、三人の男が現れ、ワイワイガヤガヤ騒ぎ出す。妙なことに、桃子さんの声のみがナレーションだ。つまり、彼らは彼女の心の寂しさが生み出した存在だということが分かる。

「おらだばおめだ」
「おらだばおめだ」
「おらだばおめだ」

と主張する彼らは、彼女の思考の一部としてフワフワ孤独な人生を飛び回り、黄昏に生きる彼女の生き様を見守っていく。

2010年代以降、やたらと叫ぶことで日本にある閉塞感に同情を誘う作品が量産され評価されてきたが『星の子』、『VIDEOPHOBIA』をはじめ、2020年代の閉塞感描写は「映画的でなければいけない」という力強い意志を持った作品が多数生まれてききている。
『おらおらでひとりいぐも』の場合、シャンタル・アケルマンの『ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地、ジャンヌ・ディエルマン』的重厚な動きなきシークエンスから始まるオープニングを皮切りに、セリフに頼らないおばあちゃんのアクションで孤独を表現していく。

例えば、彼女が病院にいく場面。密集した待合室。重々しい空気が漂う。人々は会話を一切しない。そして長い時間待ったであろう。「桃子さん」という声で眠りから醒め、彼女は診察室に入るのだが、「いつも通りお薬出しておきますね」の一言で終わってしまう。人としてではなく、機械的に捌かれてしまいそうになる。しかし、そこで彼女が吃ると、医者は悩みを聞く仕草を魅せるのだが、彼女が心の声の分身について上手く言語化できないとなると、「そういうのは国立の病院で診てもらってください。」と切り捨てられてしまう。彼女は、ただ話を聞いてほしいのだ。その丁寧な描写があることによって、彼女が電話を見る眼差しからオレオレ詐欺電話がかかってくることへの期待、家の前に警察がいることに一抹の不安を感じる一方で話し相手が目の前にいるワクワク感といった複雑な心理に対して説得力を帯びている。

また、本作は桃子さんの孤独が過去を呼び醒す作品であり、蒼井優演じる若かれし頃の桃子さんと今は亡き夫・周造(東出昌大)との馴れ初めが描かれる。奇妙なことに、彼女は家庭を持ち夫婦円満だったはずなのに、その記憶は中々幻影となって現れないのだ。桃子さんと周造との間に何があったのか?映画はある種のミステリーへと軌道変更され、思わぬ感情の姿を形取っていく。

孤独と一人の差異、沈黙と寡黙との差異を沖田修一お得意のユーモラスで小さな話の積み重ねで緻密に編んでいった傑作でありました。

『おらおらでひとりいぐも』は日本公開は第33回東京国際映画祭上映後11/6(金)よりTOHOシネマズ新宿他にて公開です。

※アスミック・エースさんより画像お借りしました

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