【ネタバレ考察】『スパイの妻 劇場版』あなたの普通が異常となる瞬間

スパイの妻(2020)

監督:黒沢清
出演:蒼井優、高橋一生、東出昌大、坂東龍汰etc

評価:85点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

第77回ヴェネツィア国際映画祭で監督賞を受賞した黒沢清。NHKによる8Kドラマの映画版、脚本家に『ハッピーアワー』の濱口竜介と彼の右腕・野原位を携え、主演に蒼井優、高橋一生、東出昌大を配置する万全の体制で製作された本作は2000年代以降の黒沢清作品の中で新境地に達している模様。個人的に黒沢清映画との相性は最悪で、毎回「よくわからない」という印象を受ける。故に『ダゲレオタイプの女』、『旅のおわり世界のはじまり』といった変化球の方が好きだったりする。そんな黒沢清最新作を観てきたのですが、珍しくハマった作品でした。本作は、何も調べずに観た方が面白い作品なので本記事はネタバレ考察記事として書きます。

『スパイの妻』あらすじ


2020年6月にNHK BS8Kで放送された黒沢清監督、蒼井優主演の同名ドラマをスクリーンサイズや色調を新たにした劇場版として劇場公開。1940年の満州。恐ろしい国家機密を偶然知ってしまった優作は、正義のためにその顛末を世に知らしめようとする。夫が反逆者と疑われる中、妻の聡子はスパイの妻と罵られようとも、愛する夫を信じて、ともに生きることを心に誓う。そんな2人の運命を太平洋戦争開戦間近の日本という時代の大きな荒波が飲み込んでいく。蒼井と高橋一生が「ロマンスドール」に続いて夫婦役を演じたほか、東出昌大、笹野高史らが顔をそろえる。「ハッピーアワー」の濱口竜介と野原位が黒沢とともに脚本を担当。「ペトロールズ」「東京事変」で活躍するミュージシャンの長岡亮介が音楽を担当。第77回ベネチア国際映画祭コンペティション部門で銀獅子賞(最優秀監督賞)を受賞。
映画.comより引用

あなたの普通が異常となる瞬間

スパイク・リーは2000年代に入り長年スランプだった。クエンティン・タランティーノに噛み付く老害っぷりをみせていたのだが、『ブラック・クランズマン』で新鋭ジョーダン・ピールと組んだことで第71回カンヌ国際映画祭審査員特別グランプリ、第91回アカデミー賞脚色賞を獲る返り咲きを果たした。スパイク・リーほどではなく、『岸辺の旅』では第68回カンヌ国際映画祭《ある視点部門》監督賞を獲っているものの近年の黒沢清作品は新領域を掴もうとして掴みきれていない感じがした。映画的演出に拘るあまり映画としての面白さがイマイチだった。そこに脚本の濱口竜介と野原位が加わったことでエンターテイメントとしても上質な代物が誕生した。

輸入業者を営む優作(高橋一生)は日に日に軍の力が強くなる日本において飄々と、仕事仲間を助け、妻・聡子(蒼井優)と社員を大切にしていた。そんな彼は満州へ妻を置いて出張する。妻は家に友人を入れるが、彼に「あなたの普通は、他の人から批判の対象にされる。」と警告されてしまう。優作は帰ってきた。抱擁する二人だったが、優作の目は別の女性に向いていた。満州から帰ってきた優作の様子がおかしいので突き詰めていくと、彼は満州で行われていた日本軍による凄惨な人体実験と計画を世界に伝えようと暗躍していることがわかる。突如スパイの妻となった彼女は、国際的な視野での正義を貫き通そうとする優作に自分を愛して欲しいミクロな愛への欲望をぶつけていき、アメリカ亡命の作戦へと発展していく。

エリック・ロメールの『三重スパイ』を引用し、メインとなるスパイ戦の裏側を描いていく。サイレントフィルムを使うところ込みでエリック・ロメールを引用する拘りをみせているのだが、『スパイの妻』の方が圧倒的に面白かった。『三重スパイ』はスパイ映画のクリシェを外し、メインの裏側を描くことで女性という存在を浮き彫りにしようとしたが、そのギミックに溺れていた印象を受けた。一方、本作は一つ一つのギミックが意味を持っている。

例えば、自主制作映画を撮る場面。蒼井優は仮面を被る。これは蒼井優演じる女性が仮面を被り、人の心を欺く存在になることを象徴させている。その印象が強いので、上映会の場面は一つのエピソードとして一旦消化されてしまう。しかし中盤、聡子が満州の生体実験リポートの原本を憲兵に渡してしまう場面で、「原本がないと海外に情報渡しても説得力がない」語る優作に対して、原本を撮影したフィルムを魅せることで再び《映画》という要素が重要な意味を持ってくる。スマホなんてない時代、映画はメディアとして重要な位置付けを持っており、国際情勢をアーカイブし伝える役割を担っていたことを効果的に使っていると言えよう。そして、アメリカに亡命しようと船に潜伏していた聡子が捕まり、憲兵に渡されたフィルムが、自主制作映画だった着地を設けることで綺麗に伏線を回収している。これは、従来の黒沢清映画では観られない脚本の面白さと言えよう。

聡子が機密文書を盗む場面も魅力的だ。うっかりチェス盤を倒してしまうのだが、チェスのルールを知らないので適当にそれっぽく並べる。後に優作がそのチェス盤の並びを見て違和感に気づく演出はサスペンスを魅力的に動かす上で重要なギミックと言えよう。

また序盤で蒼井優に突きつけられる「あなたの普通は、他の人から批判の対象にされる。」は重要な意味を持っている。憲兵に捕まり精神病院に入れられた彼女が笹野高史演じる味方に「私は普通です。でも周りは狂っている。だから私は異常に見える。」と語る場面に繋がっており、小さい領域における正義としての狂気が日本を蝕み、日本全体が狂気となった時に、正常である聡子を見ると異常に見える。まさしく今の日本や世界に通じる狂気のメカニズムを強調するメッセージが込められていると言えよう。

蒼井優はそんな複雑な役を難なく自然に演じる。最初は個人主義的妻だったのが、夫への愛を求める中で彼の大きな正義に取り込まれていく。その矛盾故に、夫すら騙し、騙しているのか騙されているのか分からない混沌へ観客ごと引きづりこむ。時に大胆に、時に繊細に動く彼女の演技は日本アカデミー賞よしっかり評価してくれと言いたくなる素晴らしさでした。

『スパイの妻 劇場版』はここ最近の黒沢清の中で一番面白かったです。

※画像は映画.comより引用

黒沢清映画記事

“Ç”カンヌを制した黒沢ワールドはいかに?「岸辺の旅」
“Ç”【ネタバレ】原作比較「クリーピー 偽りの隣人」香川照之がマジで怖い!しかし…
【ネタバレなし】「ダゲレオタイプの女」黒沢清海外進出作「クリーピー」の弱点を克服
【ネタバレ解説】「散歩する侵略者」バトルシップ星人に侵略されたい…
【ネタバレ】『旅のおわり世界のはじまり』黒沢清の痛烈な旅する日本人批判
『LE CONCOURS』ゴダールが落第!フランス名門映画学校の入試に迫る傑作ドキュメンタリー

ブロトピ:映画ブログの更新をブロトピしましょう!
ブロトピ:映画ブログ更新