【ネタバレ考察】『鬼滅の刃 無限列車編』鬼がドン引きし、惚れる男・煉獄杏寿郎

鬼滅の刃 無限列車編(2020)

監督:外崎春雄
出演:花江夏樹、鬼頭明里、下野紘、松岡禎丞、日野聡、平川大輔etc

評価:60点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

遂に『鬼滅の刃 無限列車編』が公開されました。本作は新型コロナウイルス蔓延で疲弊する日本映画界にとって今年最後の切り札と言える作品。漫画・アニメは転売ヤーが猛威を振るうぐらいに社会現象となっており、劇場版は120%ヒットするのが保証されていた。それだけに、日本の多くの映画館が藁にもすがるような思いで『鬼滅の刃 無限列車編』を上映し始め、TOHOシネマズ新宿では初日42回上映、TOHOシネマズ海老名でも33回上映の異常事態となった。そして、これは単なる映画館のガムシャラではなく、本当に映画館に人が戻ってきた。朝一の回から多くの座席が売られ、満席の回も続出。初日にして興行収入10億を突破したとのこと。

シネフィルの人の中には、『鬼滅の刃』のせいで『スパイの妻』がガラガラじゃねぇかと言いたくなると思うが、欧米の映画館が壊滅的被害を受けているのをみると、この救世主にぼやくのはよくないと思う。正直、漫画やアニメシリーズは問題が多くあまり予習できていなかったのですが、私も初日観てきました。今回はネタバレありで、映画的観点から本作を読み解いていきます。

『鬼滅の刃 無限列車編』あらすじ


累計発行部数1400万部を突破した吾峠呼世晴の大ヒット漫画を原作としたアニメ「鬼滅の刃」の劇場版。炭治郎らが無限列車に乗り込む場面で終了したテレビアニメ版「竈門炭治郎 立志編」最終話のその後の物語が描かれる。大正時代の日本。鬼に家族を皆殺しにされ、生き残った妹の禰豆子も鬼に変貌してしまった炭治郎は、妹を人間に戻し、家族を殺した鬼を討つため、鬼狩りの道を進む決意をする。蝶屋敷での修業を終えた炭治郎たちは、短期間のうちに40人以上もの人が行方不明になっているという無限列車に到着する。炭治郎、禰豆子、善逸、伊之助は、鬼殺隊最強の剣士の1人、煉獄杏寿郎と合流し、無限列車の中で鬼と立ち向かう。
映画.comより引用

鈍重な『インセプション』

『鬼滅の刃 無限列車編』は予告編の時から『インセプション』を彷彿とさせられた。列車という狭い空間の中での戦闘、夢からの覚醒をテーマにしている類似性、そこに重なるようにして炭治郎の「起きろ!攻撃されている!」という言葉が『インセプション』の香りを醸し出していた。だが、映画を観ると想像以上に『インセプション』を意識した作りとなっていた。炭治郎たちが鬼の策略にハマり睡眠状態となる。夢の中で、炭治郎たちはトラウマや快感と対峙し、「そこに留まりたい」という欲望が覚醒を阻む。そんな彼らの夢に、魘夢が刺客を送り込み、精神の核を破壊しようとする。驚くほどに『インセプション』だった。

さて、『パプリカ』を実写化させたに近い『インセプション』を再びアニメに引き戻した『鬼滅の刃 無限列車編』だが、実に困った演出であった。2時間という映画のフォームに凝縮させるにはあまりにも登場人物が多く、捌き切れない印象を受けた。夢の場面を丁寧に竈門炭治郎、我妻善逸、嘴平伊之助、煉獄杏寿郎の夢を順番に描いていくのだが、シンプルにシーンを並べているだけなので、別の人の夢の場面が始まるところに強い断絶を感じる。それぞれの人物の夢のシーンを描いて、無意識領域を描いていくという2周にも渡って断絶を描き続けるので鈍重な脚本に感じてしまった。もしやるなら、煉獄杏寿郎の夢のシーンをあえてカットした方がよかったのではと思う。そうすることで炭治郎が覚醒すると、彼が女の首を締めている異常な構図にも力強さが宿る。煉獄杏寿郎が闇堕ちしたのではというヒヤッとした演出が際立つと言えよう。

また、大人気アニメの映画化ということもありファンサービスなんだろう。序盤に伊之助豪傑さ、善逸の禰豆子に対する変態的な愛、煉獄の異様なまでにまっすぐな姿勢を強調する小ボケが敷き詰められているのだが、これが点のギャグになっていて私のような映画として観ている人にとっては非常に寒いものとなっている。本作のギャグはキャラクターの肉付けを行う役割を担っているのだが、茶番にしかみえないという致命傷になっているのだ。

だが、上手くいっているギャグもある。彼らが、無限列車に出没した鬼を殲滅する。煉獄のカッコ良さに、炭治郎たちがとろけるような顔で崇め奉る。この一見ファンサービスな場面から段々とカメラは遠ざかり、それが夢だということが明らかになるという演出は、ギャグが線となり、物語に介入している点で秀逸だと感じた。

鬼がドン引きし、惚れる。薄い本ができそうだ

魘夢戦について

さて、今回の鬼は夢で人間を幸福にさせ、その後絶望させて食べるのが趣味の変態・魘夢だ。

彼は、刺客を炭治郎たちたちの夢に送り込み、先頭車両でまるで今晩の晩御飯を考えているような佇まいで聳え立っている。そんな彼の前に覚醒した炭治郎が現れて、斬りかかってくる。「眠れ」と催眠術をかけるのだが、炭治郎が夢の中で即自害し瞬間覚醒するもんだからドン引きする姿が滑稽である。『鬼滅の刃』は1巻しか履修していないのだが、敵である鬼が割と滑稽な造りをしている。1巻では、イシツブテもどきが襲いかかってくるヴィジュアル的滑稽さを持っていたが、今回は変態性からくる滑稽さが魅力的だ。

魘夢の場合、200人の乗客を味わって食べたい一心で丁寧に丁寧に調理しようとするうちに炭治郎たちにフルボッコにされる。あまりの強さと狂気にドン引きする姿は愛らしいものがあります。一見、他力本願なイキりキャラに見えるが、彼の狡猾さを滲ませる魅せ場もある。彼が列車と合体し巨大化する場面。核を攻撃されないよう、無数の巨大な目を使用した催眠で炭治郎を常時眠らせようとする。彼が瞬時に夢の中で自害し覚醒する特性を利用し、畳み掛けるように昏睡状態へ陥れ、夢現の境目を曖昧にして、現実世界で自害させようとする戦略は魅入るものありました。一方、伊之助が猪の被り物をしていて催眠術にかかりにくいことの対処が遅すぎる二流さもあり、それが猗窩座との差を強調するものとなった。

猗窩座戦について

さて魘夢を抹殺した炭治郎たちの前に「上弦の参」猗窩座が現れる。これが最強にして爆笑のキャラクターとなっている。煉獄さんの大ファンなのだ。彼の洗練された強さに魅了され、彼をなんとかして鬼に勧誘しようとする。まるで体育会系部活の勧誘のように、「鬼になってくれ!一生お前と戦いたい♡」とラブコールを送る猗窩座に愛らしさを感じます。そんな勧誘を煉獄さんは「だが断る」と拒絶する。「俺はお前とそもそも価値観が違う」と連呼しながら斬りかかってくるのです。超回復する猗窩座は煉獄さんを殺さないように絶妙な塩梅で彼を苦しめ続ける。強い奴をみるとオラワクワクするぞと孫悟空ばりの興奮で迫るが、うっかりすると彼を殺してしまうかもしれない。そのカットうと戦いながら彼を追い詰めるが、彼があまりにもしぶといので本当に殺害しそうになる。太陽が昇るまであと僅か、もう撤退しようとすると、煉獄さんががしっと猗窩座を鷲掴みにし、「お前を帰さん」と言い始める。この際の狼狽具合に人間味を帯びている。なんとかして彼の手から逃れ一目散に逃げようとする。しかし、炭治郎が刃を豪速球で投げて彼の肉体に突き刺さる。この際のドン引き具合に爆笑しました。

黙して語らずを知らぬ世界

さて、Twitterでも散見されるが、本作は「黙して語らず」の概念がない程登場人物が思い思いに喋ります。喋りすぎである。元々原作、アニメが回想や喋りで物語を進める、作劇の悪手を突き詰めていった作風だったりする。漫画の場合、炭治郎が禰豆子を殺そうとする男との戦闘で、失神する直前に斧を投げて、それが刺客に襲いかかる戦略的攻撃を描いた場面がある。そのシークエンスを画で魅せることができなかったせいか、セリフでアクションを解説し始めたりするのだ。そしてやたらと回想する。

この流れは映画版でも変わらず、とにかくアクションや過去を語って解説するのだ。魘夢に関しては、心の中でどのように人間を食べようかと思索するうちに言葉として漏れ出るお茶目な喋りを晒してしまっている。恐らく、こうも暴力的で陰惨な作品が社会的現象になったのは、懇切丁寧に登場人物の心情やアクションを解説してくれるからなんだろう。

だから映画ファンが観ると作劇に難色を示す。

だが、それでも大林宣彦映画的言葉のドッヂボールが興奮を積み上げていき、煉獄さんの最期に思わず涙することとなります。

キン・フー足るもの、欠くもの

さて、映画ファンの目線から言及したいことがある。それは『鬼滅の刃』から滲み出る胡金銓(キン・フー)たるアクションだ。キン・フーとは中国を代表とするアクション映画監督で、カンフー映画とは違った世界観でクエンティン・タランティーノをはじめ多くの映画監督、映画ファンを魅了させた巨匠だ。彼のアクションは浮遊感を持っている。『侠女』では竹林の中で飛び交う弓矢をのらりくらりと交わし、攻撃をすればさっと後ろに飛んでいく。その浮遊感溢れるヒットアンドアウェイが『鬼滅の刃』の戦闘シーンから感じ取れる。炭治郎が斧や刃を投げつける演出も胡金銓的手数を彷彿とさせられる。

一方で、『鬼滅の刃』にないものもある。それは間である。確かに「○◯の呼吸」といった間はあるが、鬼と対峙した際にジリジリとした決戦の火蓋を匂わせる間が少なく常時攻撃している印象を受けた。本作は力で押し切った映画であるが、胡金銓映画のような刃を振るう刹那を意識してほしかったなという思いがあります。胡金銓だけでなく三隅研次の『眠狂四郎 勝負』、『子連れ狼 三途の川の乳母車』などを観ると、死が近い世界故に刃を振るう際に間を意識した造りをしていた。

胡金銓映画記事『忠烈図』心の底から安心しろ 俺はお前より強い!!

最後に

部外者に語る資格なしではあるのだが、映画として観た際に粗が多い作品でありました。それでも、まっすぐな信念で圧倒的粘り強さを魅せる煉獄杏寿郎には感動を抱き、ラストシーンでは涙しました。本作の主人公はまさしく煉獄杏寿郎であり、竈門禰豆子や我妻善逸描写を削り彼の過去に注力した脚本あってこその感動だと思いました。全編通して言葉と刃のパワーで押し切る作品でしたが、大満足です。

日本映画界を救うべく大ヒットしてほしいので私は応援します。

※映画.comより画像引用

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