『VIDEOPHOBIA』《他人の顔》を纏えぬ者は《他人の顔》に狙われる

VIDEOPHOBIA(2019)

監督:宮崎大祐
出演:廣田朋菜、忍成修吾、芦那すみれ、梅田誠弘、サヘル・ローズetc

評価:80点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

先日、宮崎大祐監督の新作『VIDEOPHOBIA』試写会にお邪魔しました。

宮崎監督は黒沢清の『トウキョウソナタ』助監督から監督になった方。『大和(カリフォルニア)』、『TOURISM』(※ブンブンシネマランキング2019新作部門第3位)と異文化コミュニケーションの関係性を描くのに長けた監督であり、2013年にイギリス・レインダンス国際映画祭が選定した「今注目すべき日本のインディペンデント映画監督七人」にも選ばれている。私も宮崎監督のことは注目しており、日本映画が賞を受賞できる方程式に則り、安易な閉塞感アピールに陥っている中で、真剣に《閉塞感》と向き合っていると言える。例えば、『大和(カリフォルニア)』ではうだるような暑さ滲み出る廃品置き場の深淵を覗き込むと少女がラップをする描写や、カーテンを駆使して言葉の杖を使える者と使えない者の断絶を象徴させているところに映画的面白さがある。『TOURISM』では、地方都市で未来を描けぬ者たちが「海外旅行券」を入手する映画的ファンタジーによって、シンガポールに誘われるのだが、スマホや映えに囚われ、はりぼての異文化コミュニケーションに留まってしまっていることを皮肉っている。毎回、斬新で鋭い考察に驚かされるのです。

新作『VIDEOPHOBIA』は『大和(カリフォルニア)』大阪プロモーションの際、滞在費を稼ぐ為に開いたワークショップから始まった。短編映画だけでは言葉足らずになってしまうので、長編化しようと宮崎監督がプロデューサーに打診し、そこから形になっていきました。尚、タイトルは監督がデヴィッド・クローネンバーグの『ヴィデオドローム』好きであったことと、デバイスのレンズが怖くて、レンズを片っ端からテープで塞いでしまう監督の幼馴染から連想してつけたとのことです。

また、昨今の大阪をテーマにした作品がステレオタイプなイメージを壊すに至っていないという問題意識からロケ地を大阪に選でいます。田中登や大島渚を意識した作品作りを心がけて『VIDEOPHOBIA』は生まれました。実際に、映画を観ると日活ロマンポルノやATG映画のような質感に気づく。多くがゲリラ撮影であり、現場によっては40度を越す環境であったとのこと。それが『(秘)色情めす市場』を彷彿とさせる大阪の陰日向の暑苦しさへ繋がっていると考えることができる。

そんな宮崎大祐監督の新作『VIDEOPHOBIA』は第15回大阪アジアン映画祭で上映され、評判を呼んだ。『冬時間のパリ』、『WASP ネットワーク』のオリヴィエ・アサイヤスは「見事な作品!」と賞賛し、小泉今日子も本作に魅了された。しかしながら、日本公開は新型コロナウイルス蔓延のせいか難航し、クラウドファンディングが実施されました。私も出資し、なんとか10/24(土)より新宿K’s cinemaでの公開が決まりました。

本作は、例に漏れず宮崎監督の鋭い《閉塞感》考察が映画的に紡がれた一本なので、評を書いていきます。

『VIDEOPHOBIA』あらすじ


「大和(カリフォルニア)」「TOURISM」で注目を集めた宮崎大祐監督が、大阪のアンダーグラウンドを舞台に、ネットワークの落とし穴から迷い込んだ異世界で追い詰められていく女性の恐怖をモノクロ映像で描いたスリラー映画。東京で女優になる夢に破れ、故郷・大阪のコリアンタウンに帰って来た29歳の愛。それでも夢を諦めきれない彼女は、実家暮らしでバイトをしながら演技のワークショップに通っていた。そんなある日、愛はクラブで知り合った男と一夜限りの関係を持つが、数日後、その時の情事を撮影したと思われる動画がネット上に流出してしまう。自分のものとは断言できないものの、動画は拡散していき、愛は徐々に精神のバランスを崩し始める。「恋するマドリ」の廣田朋菜が主人公・愛を体当たりで演じ、「リリィ・シュシュのすべて」の忍成修吾、「西北西」のサヘル・ローズが共演。
映画.comより引用

《他人の顔》を纏えぬ者は《他人の顔》に狙われる

『大和(カリフォルニア)』、『TOURISM』も良い意味でも悪い意味でも、感情/アイデアの爆発をフレームに焼き付けた作品であった。今回は一皮剥けて、要素の積み重ねによってテーマを強固にしていった。ポスターヴィジュアル、予告編を観るとピンと浮かぶであろう勅使河原宏×安部公房の『他人の顔』。人間の外見と内面によるアイデンティティの揺らぎを、「仮面」という要素で考察してみせた作品を軸として持っていきリスペクトを捧げているのだが、単なるオマージュに留まることなく幾多の要素を『他人の顔』の本質と付き合わせることで、21世紀の映画へアップデートを果たしている。

「自分で触ってよ。」

ヒロインである青山愛(廣田朋菜)に対して、フレームの外側から男が声を掛ける。そして男の欲情した声に合わせて、彼女は魅了していくのだが、それはパソコン越しの行為であることが分かる。次の場面では、彼女が食卓に移動する。すると東京へ行く姉妹がオススメの宿泊先について彼女に聴く。姉妹はどうやら東京ディズニーランドへ行くらしい。《東京》とあるが、ディズニーランドは千葉県にあるテーマパークである。そして、愛自身も東京ではなく神奈川で暮らしていたので東京のことはよくわからないと雑に返答している。このディティールからも、外側を軽く見る者にとって内面はどうでもいいことであることが分かってくる。大阪しか知らない者にとって東京ディズニーランドも神奈川も《東京》という漠然とした都会像に丸め込まれてしまっているのである。

次のシーンでは、愛が演劇ワークショップに励んでいる場面だ。業界から落ちぶれて、微かに築き上げた地位に胡座をかき傲慢に振舞っているであろう嫌な講師・東野が「いつもと反対の自分を演じろ!」と圧をかける。愛は「六本木のスタバで働きながら演技の練習をしていて……」とかつて上京したが、挫折した自分を投影するように演技を始め、後ろめたい目をチラつかせた上で、「……イザベル・ユペールのような女優になりたいです。」と言い放つ。だが、講師に「へぼいよね。」と一蹴りされてしまう。

次に心優しそうな青年・伊藤が演技をしはじめるのだが、「いつものお前じゃん。」と煽りはじめる。そして、彼は少し演技を変え、新宮の被差別部落出身であることを後ろめたそうに話す演技をする。すると東野は「クスッ」と笑う。その途端、伊藤は彼の胸ぐらを掴み、《心優しそう》なベールを脱ぎ暴力性を露わにする。通常、この手の演技稽古シーンでは、講師が徹底的に生徒を虐めるのだが、そのクリシェを破ってくるのだ。これにより、観客ですら《外見》に囚われてしまっていることを突きつけるのだ。

このように本作のテーマである「外側に囚われた人間」というものを浮き彫りにしていき、本題へと入っていく。

青山はワークショップの打ち上げでクラブに行き、そこで「名前はまだない」と名乗る男の家に行くのだ。そして彼と一夜を過ごす。ただその一夜の情事が、ネットに拡散されてしまうのだ。彼女が男の家に行くと、外国人が住んでおり、「Airbnb, understand?」と狼狽する彼女に対して必死に説明をしはじめるのだ。そこから彼女が「誰かに見られている」というトラウマを抱えていく。これ自体は陳腐なエピソードであるが、ここに宮崎監督は鋭い要素を挿入する。そこに注目していただきたい。

彼女は警察に駆け込むのだが、警察官は彼女に対して「朴さん」と言い始めるのだ。彼女は日本人ではないのだろうか?そしてよく作品を見渡して見ると、大阪にあった日本製鐵大阪製鉄所の歴史、つまり徴用工問題の残像が浮かび上がってくる。彼女の住んでいる場所は、どうやら差別と搾取が渦巻いていた場所のようで、彼女は「青山愛」という仮面を被って閉塞感を生きていることが分かる。この歴史の層をさりげなく挿入していく描写は『TOURISM』で日本占領時期死難人民記念碑を前にキャッキャするコンビの画の裏で爆撃音を炸裂させる演出にも通じるものがある。

また、彼女は上京するも、役者として上手くいかず、神奈川に逃げるも挫折し、大阪へ帰ってきた。もう一つの仮面の遷移を持っている。そして、名前の遷移がこれらの「仮面」の要素をまとめていく。彼女は序盤において「愛」と呼ばれていた。しかし、警察署では「朴さん」と呼ばれ、セラピーでは「青山さん」と呼ばれる。彼女がうさぎの着ぐるみを着ると「うさぎの着ぐるみ」というアイデンティティを獲得する。しかし、彼女がどんなに仮面を変えても閉塞感を拭い去ることができず、苦しさが彼女を支配するのだ。

彼女の行為の動画は、総視聴時間何万年もの中のほんの一握りにしか過ぎない。そして彼女は「他人の人生を生きる者」である。だが、彼女は一人の人間である。閉塞感を抱いており、苦しみもある。そう簡単に《仮面》で払拭できる問題ではないのだ。本作に出てくる他者は、容易に《仮面》を装備し、《他人の顔》になれるのだが、安易に《他人の顔》になれない人は存在する。

安易に《他人の顔》になれる現代はどこか問題を抱えているのではないか?

このような鋭い視線を88分蛇足なく描ききってみせる宮崎監督に今回も魅了されました。

日本公開は10/24(土)に新宿K’s cinemaで11/7(土)から池袋シネマ・ロサ、第七藝術劇場にて。日本映画のやたらと感傷的な映像の中で叫ぶ閉塞感演出に辟易としている方は、騙されたと思って是非『VIDEOPHOBIA』の世界に身を投じてみてください。

※画像は映画.comからの引用です。

宮崎大祐監督作品記事

『大和(カリフォルニア)』閉塞感から抜け出すためにある言葉の杖
【ネタバレ考察】『TOURISM』旅はスタンプラリーでもインスタ映えスポットでもない!
【ネタバレなし】『TOURISM』スマホを捨てよ町へ出よう

created by Rinker
Criterion Collection, The
ブロトピ:映画ブログの更新をブロトピしましょう!
ブロトピ:映画ブログ更新

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です