『三月のライオン』将棋は指さないが、画は刺す

三月のライオン デジタル・リマスター版(1992)

監督:矢崎仁司
出演:趙方豪、由良宜子、奥村公延、芹明香、内藤剛志、伊藤清美、石井岳龍(石井聰亙)etc

評価:85点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

世代によって連想するものが決定的に違うものがある。その例に『三月のライオン』がある。1990年代後半生まれの世代からすると専ら将棋漫画を連想してしまうのだが、その前の世代にとって『三月のライオン』とはこのカルト映画のことを示す。2020年、物議を醸した映画のひとつ『さくら』の矢崎仁司の初期作である本作が今デジタル・リマスター版として劇場公開されている。ここ数年ずっと探していた映画だったので、あつぎのえいがかんkikiで観てきました。

『三月のライオン』あらすじ

記憶を失った男。嘘をつく女。
思い出を持たない恋人たちが誕生する。
兄と妹がいた。
妹は兄をとても愛していた。
いつか、兄の恋人になりたいと、心に願っていた。
ある日、兄が記憶を失った。
妹は、兄に恋人だと偽り、病院から連れ出した。
記憶喪失の兄は、恋人だという女と一緒に暮らし始めた。
そして、兄は恋人を愛した。
恋人の名はアイス。
氷の季節と花の季節の間に三月がある。
三月は、嵐の季節。

※filmarksより引用

将棋は指さないが、画は刺す

数年に一度、あまりに凄まじい画に気絶する映画がある。最近だと、ジョン・キャメロン・ミッチェル監督の『パーティで女の子に話しかけるには』でエル・ファニングがあまりにも妖艶すぎて気を失ったことが記憶に新しい。

『三月のライオン』はカルト的人気を博するのも納得だ。全ショットが完璧であり、映画とは「画」で語るものだと観客に殴りつけてくる。由良宜子演じるアイスは、記憶喪失のハルオ(趙方豪)を連れ出す。社会というしがらみから逃れるように自由に生きるアイスにとって、ハルオ以外は空気のような存在だ。街中でパンツを脱ごうとも気にはしない。そんな、自由の快楽に溺れている彼女の誘惑に引き込まれて行くハルオだが、彼は「社会」という重力に引っ張られて工事現場の仕事につく。彼を愛するアイスだったが、彼は仕事に行ってしまうので部屋で孤独にしている。まるで、閉塞した社会の中で生きるために人々は「自由」を家においてきてしまっているような寂しさが画面に漂うのだ。誤読、自由な解釈を観客に委ねている本作の手に乗っかるとするならば、本作は欲望を抑制するものたちの心理を具現化した作品とも言える。自由を忘れた。記憶を失った。その状態から再び自由が歩み寄ってくるが、やがて社会の歯車に飲み込まれてしまう。1990年代。丁度バブルが崩壊して、日本がどん底に差しかかろうとしている時代に作られたことも考えると。バブルの陽気と終焉の狭間にある、人々の郷愁と苦痛が彩られた作品であろう。

それをセリフを徹底的に廃して、インスタントカメラで朧げに浮かび上がるような質感で捉えているのが好きだ。そのショットには驚きもある。特に、工事現場で怪我をしたハルオの目線の先に鏡があり、それが『パプリカ』さながらガラガラと崩れていく流れのカッコ良さにはしびれました。

これを映画館で観られて私は幸せです。

P.S.エンドロールを観ていたらあの三島由紀夫と東大で激論を交わした芥正彦が製作に関わっているんですね。

※映画.comより引用