83歳のやさしいスパイ(2020)
原題:El agente topo
英題:The Mole Agent
監督:マイテ・アルベルディ
出演:セルヒオ・チャミー
評価:20点
おはようございます、チェ・ブンブンです。
第93回アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞は『Collective』以外の4本が女性監督による作品という異例事態となっている。ここ数年、ドキュメンタリー映画界隈では女性監督の躍進が目まぐるしい。そして骨太でユニークなアプローチで事象を捉えた傑作が多い。さて、今回観賞した作品『83歳のやさしいスパイ』は2020年の東京国際映画祭、ラテンビート映画祭で上映され(上映時タイトルは『老人スパイ』)話題となった作品だ。老人ホームに極秘でスパイを送り込んでみるドキュメンタリーとのこと。ドキュメンタリー映画には倫理の壁ものというジャンルがある。倫理的にアウトなことを実行し、その先にある重要な真実を掴む危険な代物だ。有名なところでいえば、インドネシアの虐殺を、虐殺関係者に再現させようとする『アクト・オブ・キリング』やマッツ・ブリュガーの潜入ドキュメンタリー群(『誰がハマーショルドを殺したか』、『The Mole: Undercover in North Korea』等)が該当する。さて、このドキュメンタリーはどうだったのでしょうか?
『83歳のやさしいスパイ』概要
老人ホームの内定のため入居者として潜入した83歳の男性セルヒオの調査活動を通して、ホームの入居者たちのさまざまな人生模様が浮かび上がる様子を描いた、ユーモラスでハートウォーミングなキュメンタリー。妻を亡くして新たな生きがいを探していた83歳の男性セルヒオは、80~90歳の男性が条件という探偵事務所の求人に応募する。その業務内容はある老人ホームの内定調査で、依頼人はホームに入居している母が虐待されているのではないかという疑念を抱いていた。セルヒオにスパイとして老人ホームに入居し、ホームでの生活の様子を毎日ひそかに報告することなる。しかし、誰からも好まれる心優しいセルヒオは、調査を行うかたわら、いつしか悩み多き入居者たちの良き相談相手となっていく。舞台となった老人ホームの許可を得て、スパイとは明かさずに3カ月間撮影された。第17回ラテンビート映画祭や第33回東京国際映画祭では「老人スパイ」のタイトルで上映。第93回アカデミー賞で長編ドキュメンタリー賞にノミネート。
倫理の壁を超えてみたww
妻をなくしたばかりのセルヒオは、新聞の求人を見て面接に励む。この事務所ではスパイを募集しているのだ。経歴や機械に対するリテラシーなどのヒアリングが行われ、セルヒオはスパイに就任する。彼の任務は老人ホームに潜入し、依頼主の母親が虐待されていないかどうかを調査することだった。老人ホームに無断で内情調査するのは法律的に問題ないのだろうか?そういう観客の疑問を先回りして、事務所は「合法だ」と言う。かくして老年の新人スパイ・セルヒオのミッションが始まった。
ペン型の隠しカメラを装備し、おとぼけを演じつつも、誰もいないことを確認して事務所にすました顔で報告を行う。新人とは思えない肝の座りようだ。男性的魅力を醸し出す彼は、すぐさま老人ホームの女性たちにモテ始めて絡まれる。こうしていつしか、老人ホームで相談役のポジションを確立していく。アクティビティは多く、健全に見える老人ホームであるが皆孤独を抱えていることに気づいていく。
倫理の壁ものは割と好きで、寛容な私ではあるのだが、本作にはドン引きしてしまった。セルヒオのあざとさが、Twitterのバズ動画や情報番組の視聴率アップの為に存在する癒し動画の気持ち悪さに近いものがあった。また、セルヒオのスパイ活動を通じて展開される闇の部分が想定の域を出ないこともあり、粗ばかり気になってしまった。
なんといっても、セルヒオがコソコソスパイ活動しているのに、彼を捉えるカメラがあまりにも堂々としているところに「やらせ」が見え隠れしてしまった。もちろん、監督は老人ホームに「一人の入居者のドキュメンタリー撮ります」と許可を取ってやっているのだろうとは分かるのだが、映画の中で矛盾してしまっている気がした。この違和感が、老人ホームのプライバシーを著しく侵害しておきながらたいしたメッセージもない本作に対する嫌悪にも繋がり全く乗れなかったのだ。
うーん。
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※映画.comより画像引用