【アカデミー賞】『ミナリ』アメリカン・ドリームの終焉※ネタバレ

ミナリ(2020)
Minari

監督:リー・アイザック・チョン
出演:スティーヴン・ユァン、ハン・イェリ、アラン・キム、ネイル・ケイト・チョー、ユン・ヨジョンetc

評価:65点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

第93回アカデミー賞シーズンとなってきました。映画の大半を韓国語で描いているため、外国語映画賞に入れるかどうかで物議を醸した『ミナリ』が日本でも公開されました。本作はアカデミー賞作品賞、監督賞(リー・アイザック・チョン)、主演男優賞(スティーヴン・ユァン)、助演女優賞(ユン・ヨジョン)、脚本賞(リー・アイザック・チョン)、作曲賞(エミール・モッセリ)の6部門でノミネートされている。ということで観てきました。尚、ネタバレ記事となります。

『ミナリ』あらすじ

1980年代のアメリカ南部を舞台に、韓国出身の移民一家が理不尽な運命に翻弄されながらもたくましく生きる姿を描いた家族映画。2020年・第36回サンダンス映画祭でグランプリと観客賞をダブル受賞した。農業での成功を目指し、家族を連れてアーカンソー州の高原に移住して来た韓国系移民ジェイコブ。荒れた土地とボロボロのトレーラーハウスを目にした妻モニカは不安を抱くが、しっかり者の長女アンと心臓を患う好奇心旺盛な弟デビッドは、新天地に希望を見いだす。やがて毒舌で破天荒な祖母スンジャも加わり、デビッドと奇妙な絆で結ばれていく。しかし、農業が思うように上手くいかず追い詰められた一家に、思わぬ事態が降りかかり……。父ジェイコブを「バーニング 劇場版」のスティーブン・ユァン、母モニカを「海にかかる霧」のハン・イェリ、祖母スンジャを「ハウスメイド」のユン・ヨジョンが演じた。韓国系アメリカ人のリー・アイザック・チョンが監督・脚本を手がけた。

※映画.comより引用

アメリカン・ドリームの終焉

映画の感想は観る者の人生とリンクする。システムエンジニアとして働きすっかりエンジニア的考え方が染み付いてしまっているので、「頑張れば報われる」理論、通称精神論、非論理的思考に拒絶反応が出る。例えば、某チェーン店が「いらっしゃいませ」を「しあわせ」ということで店を盛り上げようとしたり、数値上新規感染者数が増えているのに緊急事態宣言を解除したり、大した理論構築をせずにビニール袋有料化をしたせいでコンビニやスーパーの人、客に負担をかけ、その上割り箸やスプーンを有料化しようとする小泉進次郎には反吐が出るようになった。

さて『ミナリ』評でこんな極私的ボヤきをしたのは何か?本作はひたすら精神論で暴走する父親の狂気を希望の光で包み込む不穏な映画だということだ。そして、それはかつて存在した移住し頑張れば夢が叶う「アメリカン・ドリーム」の終焉を描いた作品なのではと思ったからだ。

ワーキングホリデー等で日本でも夢を抱いて渡米する人はいるが、成功するのはほんの一握りで、あとはマックジョブと呼ばれるマニュアル化された労働に従事し、何年頑張っても報われなかったりする。それは、ITが発達し合理化が進み機械が人間よりできることが増えた。また自動化により作業単価が安くなってしまったせいにある。精神論ではなく、常に論理的に問題の本質を修正し、ルールを作り出せる人出ないと夢が掴みにくい世界となってしまったのだ。

『ミナリ』は移民の映画というよりかは、そういった精神論で崩壊していく過程の映画であり、中野量太監督作(『湯を沸かすほどの熱い愛』、『長いお別れ』)のように一見ハートウォーミングに見えて猛毒を抱えた映画となっている。

ジェイコブ(スティーヴン・ユァン)がど田舎にあるトレーラーハウスと土地を買い、家族の反対を押しきって移り住む。彼は10年間ヒヨコ鑑定士として汗水流してきた。いい加減アメリカン・ドリームを掴み子どもに良いところを魅せたいと考えている。そのエゴが暴走し、病弱な息子デビッド(アラン・キム)を抱えているのに病院から1時間もある土地にしがみつき、家事は妻モニカ(ハン・イェリ)やおばあちゃんスンジャ(ユン・ヨジョン)に任せっきりだ。

本作の面白いところは、夢追い人の話でありながらも「考えている」場面を入念に描いていることにある。『映画 えんとつ町のプペル』公開時にチケットを大量に買わされて搾取される人が話題となったが、彼らは何も考えていないから搾取されたのではなく「何者になりたい」一心で考えて考えてあの行動を取った。それと同様にジェイコブも思いつきで行動しているのではなく考えている。例えば、野菜を育てる為、井戸を掘る場面がある。そこに胡散臭い男が現れて、ダウジングで水を掘り当てると言うが、それを断っている。まじないは信じず、愚直にPDCAを回すことで夢を掴もうとしているのだ。しかし、彼には問題解決のセンスがなかった。本質的解決を導き出せず安直で、家族に迷惑がかかる方法を取ってしまう。ある時、井戸水が枯れてしまう。水がなければ野菜はたちまち枯れてしまう。そこでジェイコブは、家の水道を繋ぎ変える選択を取る。家族は家で水を使うことができず、川から水を汲まないといけなくなってしまう。本質的には「水不足」は解決していないのだ。正解は、川から水を汲みあげるなのですが、それをできない。そして父親の意見が強い為、家族は彼の暴走を止める事ができないのだ。

本作は、野菜小屋が燃える(『バーニング 劇場版』オマージュを感じる)地獄のようなクライマックスを置き、それでも彼らは前に歩くと結論づけている。しかし、これは前を歩いても低空飛行の地獄が続くことを暗示させており、彼らは川辺のセリのようにひっそりと生きるしかない希望的に見える画に対して絶望的な終わりを魅せている。

まさしくアメリカン・ドリームの終焉がそこにありました。

リー・アイザック・チョンはデビュー作のルワンダ映画『Munyurangabo』もそうだが、国や人種、国籍に囚われない普遍的な人間の営みを捉える監督のようだ。『君の名は。』ハリウッド実写版の監督に抜擢されているらしいが、これはかなり期待できる。単に黒人と白人が入れ替わるみたいな安直な多様性物語にはならないと思う。

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※映画.comより画像引用