もくじ
10.CAT STICKS
監督:Ronny Sen出演:Tanmay Dhanania, Joyraj Bhattacharya, Sumeet Thakur etc
世界の映画業界ではケリー・ライカート『First Cow』、クロエ・ジャオ『ノマドランド』が絶賛の嵐だが、実は両監督も成熟しきっていると思う。どちらも、どこへでも行けそうでどこにも行けない者の葛藤を描き続けている二人だが、それが板につき新鮮さを感じなくなった。『First Cow』の場合、サーターアンダギーのようなドーナツを作り売ることでアメリカンドリームを勝ち取ろうとする男を哀愁染み込ませて描いている。確かに、ケリー・ライカートは一貫して幻想としてのアメリカンドリームを描いてきたわけだが、『ミークス・カットオフ』と比べるとショットの強さが弱まってしまったと思う。『ノマドランド』はプロデューサーの問題だろう。原作に併せてアマゾンの過酷な労働を映す場面があったのだが、忖度かまるで老人が楽しいセカンドライフをアマゾン倉庫で見出しているようにしか見えない演出で終わらせてしまっているのは非常に残念だった。
では新しいこの閉塞感に向き合っている監督は誰か?
答えはインドのRonny Senである。インド・カルカッタ出身の彼が、ドラッグを探し放浪するジャンキーを描いた本作は『シン・シティ』のようにバキバキにキマった世界の中で、都市部への羨望を抱きながら燻っている者の苦しみとその苦しみから救ってくれる存在のドラッグ、肉体的交わりを耽美的に描いている。トランス状態で人生謳歌しているように見えて、そこに滲む哀愁が切ない作品である。
インドといえば豪華絢爛豪快なミュージカルを想像してしまいます。海外の批評家もインド映画は軽視しがちですが、これはアート系インド映画の重要作ですよ。
9.アリスと市長(Alice et le maire)
監督:ニコラ・パリゼ出演:ファブリス・ルキーニ、アナイス・ドゥムースティエ、Nora Hamzawi etc
今年のテーマは「修羅場がいっぱい」である。社会人4年目になり、プロジェクトマネージャーに近い仕事をするようになった。右から左から無理難題、不条理、トラブルが降ってくるのを捌く必要がある。その人生と紐づくように、修羅場な映画をたくさん選んだ。『アリスと市長』はリヨン市庁の職員に採用されたアリスは開幕早々「あなたのポストはなくなりました」と言われてしまうところから始まる。代わりのポストを用意したと人事に言われるのだが、仕事内容は「市長に《アイデア》を与えてください。ほな頑張って。」と実に抽象的で困惑する。現代のアリスは、リヨン市庁舎で巻き起こる不条理の渦を右往左往するのだ。突然、環境問題に関する会議に出席させられたりするのだが、テキトーなアドバイスで乗り切ったりするところに生々しさがあります。あまりの多忙さに、本来会いたい人とは会えず、オペラ会場で大事な話をしようとするのだが、そこにも関係者が現れて邪魔してくるあたりが辛辣で泣けてきます。
英語字幕、仏語字幕だと非常に内容を追うのが困難な作品なので、是非とも一般公開してほしい。
Bunkamura ル・シネマとかどうでしょうか?
8.鵞鳥湖の夜(南方車站的聚会)
監督:ディアオ・イーナン出演:フー・ゴー、グイ・ルン、メイリャオ・ファン、レジーナ・ワンetc
中国から現れた鬼才ディアオ・イーナンの新作は、『アンカット・ダイヤモンド』同様社会問題から切り離し、アルフレッド・ヒッチコックやハワード・ホークスの群れの動かしへの拘りが十二分に発揮された異様な作品だ。ネオンきらめくホテル、ヤクザの乱闘に銃やバイクのロック、ビニール傘といった武器が登場して重厚感あふれる銃声と打撃が観る者の心を揺さぶります。そして、警察とヤクザの追いかけっこの渦中に投げ込まれた犯人の男と魔性の女が、コロコロ追いつ追われつを繰り返し、建物の高低差を使った見る見られるの関係を紡ぎ出すところに映画が持つ「覗き見」の面白さがあります。そして映画理論をゴリゴリに重ねておきながら突然「アジアの純真」のような曲に併せてダサい踊りを繰り出したり、不味そうな麺を美味しそうに食べるディアオ・イーナンの性癖が炸裂していて楽しかった。
配信で観るのを我慢して劇場公開まで待った甲斐がありました。
7.Chained for Life
監督:Aaron Schimberg出演:ジェス・ワイクスラー、Adam Pearson、Stephen Plunkett etc
アップグレード版『エレファントマン』。
障がい者が集まる映画の撮影現場に美しき女優が入る。そして演技を通じて、内なる拒絶の対立をあぶり出す。
「自分の本能を知り、己の醜さと和解することでこそ彼らと同じ位置に立てる」を映画内での演技を通じてメタ的に斬り込む視点が鋭かった。
《多様性》という言葉は触りが良い。汚れなき剣なので、無意識に自分の清潔さを強調する為に使いがちである。しかし、それは結局ルッキズムの域を出ておらず、彼らを消費しているだけに過ぎない。本当に《多様性》を語るのであれば、己の醜さを知ることが大事だとこの作品は教えてくれました。Aaron Schimberg監督は間違いなく2020年重要監督になるでしょう。きっとその内アカデミー賞監督にまで登りつめるでしょう。多分、彼は巨匠になっても鋭い《Extraordinary》な人々と社会の関係性に対する考察を描いていくと思います。
6.Greener Grass
監督:ジョサリン・デボアー、ドーン・ルエブ出演:ジョサリン・デボアー、ドーン・ルエブ、ドット・ジョーンズetc
日本でいうと、お笑い芸人ハリセンボンが映画を作るようなものだろう。近年、女性の映画監督が社会的地位を得て盛り上がりを魅せている映画界でありますが、私が推したいのはジョサリン・デボアー&ドーン・ルエブコンビだ。この二人が、この世のマウントを戯画として映画に焼き付けた傑作『Greener Grass』は日本公開猛烈希望の作品である。自由が丘のようなブルジョワセレブ住む街。奥様たちは、常時マウントを取り合っている。ただ、マウントを取っていることがバレないように気持ち悪い笑みを浮かべながら、息子をまるで芸ができるペットのように習い事をさせて一芸つけようとしている。サッカーセンスのない少年は、習い事疲れかある日プールに落ちるとゴールデンレトリバーになってしまうのだが、そんなこと御構い無し、寧ろ自慢のタネにしようと躍起になる親のエゴにどす黒い笑いが生まれる。
バービーの世界のようにキラキラしているのに、唾液を強調したり、サッカーボールを赤子のように抱えて家族写真を撮ったりと悪趣味なシーンがとことん詰められたこのおせちは貴方の心を満たしてくれるでしょう。ポスターもサイコーにイカしています。
5.Tripping with Nils Frahm
監督:Benoit ToulemondeMUBIで配信されたコンサート映画。ワンカット映画『ヴィクトリア』の音楽を手がけたニルス・フラームのコンサートを捉えたものだ。コンサート映画はいかに、ライブとライブ映画を超えられるかが勝負となってくる。本作は、機械のように動く彼のピアノ捌きと赤子を優しく撫でるようにツマミを捻る人間的動きという二律背反が共存する世界を、トランス状態の中心にいる彼の目線で捉え続ける。曲が終わると観客という存在が浮かび上がってくる姿に痺れる。アルバムでは「Enters」「Sunson」で助走をつけてから「Fundamental Values」に入るのだが、本作は映画なので1発目からメインディッシュを持ってくる。一定リズムが段々と形になってくる宇宙は、曲を重ねるごとに深みを増していき、「#2」になる頃には異次元へと誘拐されてしまった。
今年はコロナ禍でライブが軒並み中止となった。
そんな2020年に輝く、インタビューや前衛映像のノイズが一切ない純度120%のコンサート映画でした。
4.アルプススタンドのはしの方
監督:城定秀夫出演:小野莉奈、平井亜門、西本まりん、中村守里、黒木ひかり、目次立樹etc
ジョーゼフ・L・マンキーウィッツの『探偵スルース』が演劇のギリギリを映画的躍動感で駆け抜けたスリリングな作品であったように『アルプススタンドのはしの方』は、演劇を映画に翻訳する際、安易に飛びつきそうな「野球の試合」を見せることを拒絶した。試合に出られず、アルプススタンドのはしの方で燻っている者たちが、ボールの音、歓声によって目線がシフトしていき、それによってドラマが動く。「フレームの外」の可動域フルに使い込み、感情を揺さぶっていく演出を巧みなカット捌きで会話外の人物の葛藤を織り交ぜることによってそれは「映画」として生まれ変わりました。
この手の作品だと悪役になりそうな野球部の先生までもが燻っている者に讃歌を送るところに私の魂は浄化されました。
また今年公開された同監督の『性の劇薬』はハードコアなBL漫画実写化でありながら『仮面/ペルソナ』のような強度を持っていてこれまた良かったです。
3.JEANNE
監督:ブリュノ・デュモン出演:ファブリス・ルキーニ、Lise Leplat Prudhomme、アントワン・ドゥーシェetc
グレタ・トゥーンベリや大坂なおみといった怒れる女性に対して、冷ややかな批判がSNSで散見される。ブリュノ・デュモンは『ジャネット、ジャンヌ・ダルクの幼年期』でブレイクコア(Igorrr)、ヒップホップを用いたミュージカルシーンやシルクドソレイユのスタッフによる振り付けを通じてジャンヌ・ダルク伝説を神話から民話に微分してみせ、大人の理論によって抑圧される子供の像を浮かび上がらせた。続編にあたる『JEANNE』では、百年戦争に疲弊したジャンヌが、裁判で大人たちによって徹底的に揚げ足を取られる様子が荘厳に描かれる。ジャンヌの上から目線のちょっと生意気そうな目線に、怒れる活動家たちの面影がチラつく。結局のところ、力ある者によってねじ伏せられ孤独に追い込まれていく様子に切なくなった。前作から糸を繋ぐようにして民話となったジャンヌ・ダルクを現代社会の問題に紐づけていく離れ業に驚かされた。ジャンヌ・ダルクの物語はカール・テオドール・ドライヤーやロベール・ブレッソン、ジャック・リヴェッットと錚々たるメンツが映画化してきたのだが間違いなく、そこに剣を刺す風格がありました。
ブリュノ・デュモンはこういった社会派ドラマですら、視覚的面白さを追求しておりジャンヌ・ダルクの合戦の場面は、リアル指向のドラマからふらっと逸脱してみせる外しの魅力がある。フードに身を包んだ男が今年亡くなったクリストフであり、彼が持てる限りの美声で
Comme ta mort éternelle est une mort vivante,
Une vie intuable, indéfaisable et folle,
Et l’éternité sera comme un silence
あなたの永遠の死が生きた死であるように…
直感的で、止められない、クレイジーな人生。
“永遠は沈黙のようになる”
とジャンヌに捧げる歌は感動を引き起こす。
ブリュノ・デュモンやっぱり素晴らしい監督だ。
2.アンカット・ダイヤモンド(Uncut Gems)
監督:サフディ兄弟出演:アダム・サンドラー、ラキース・スタンフィールド、ジュリア・フォックスetc
ディズニー映画もMCUも社会の問題とコミットする。今のブロックバスター映画は社会問題とコミットしてなんぼの世界となっている。ただ、社会問題を描こうとするあまりに映画的アクションの面白さが損なわれてしまっているような気がする。そしてディズニーの『ムーラン』問題なんかを見ると、結局社会の関心に併せて問題を切り貼りしているだけで、社会問題そのものには無頓着なんだなと思ったりする。さて、そんな年だからこそ選びたいのが『アンカット・ダイヤモンド』だ。アダム・サンドラー演じるクズが、エチオピアの原石をジャイアンのようなバスケットボール選手に奪われ、東奔西走する中で、右から左から借金取りが現れ、口先勘定で乗り切っていく。捕まえられそうで捕まらないもどかしさの演出が上手く、宝石店にようやくバスケットボール選手が現れたのに、扉が運悪く開かなくなってしまう展開には感動を覚えた。これだけ凄まじい映画にもかかわらず、アカデミー賞では無視されたのが悲しいところ。A24的には『THE LIGHTHOUSE』推しだったから仕方ないのかな。
『アンカット・ダイヤモンド』こそ映画館で、爆音上映で観たかったと悔やむあまりです。
1.本気のしるし 劇場版
監督:深田晃司出演:森崎ウィン、土村芳、宇野祥平、石橋けい、福永朱梨etc
ずっと応援していた深田晃司監督が特大ホームランを放ったのに、コロナ禍によりカンヌ国際映画祭が中止となりカンヌレーベルという称号が虚しく貼られただけに留まったのが切ない。もしカンヌで上映されていたら、審査員賞を受賞していたであろう。星里もちるの同名漫画『本気のしるし』を忠実ながらも、大胆に省略を挟むことで、エッジを利かせる。ドラマ版の30分毎の緩急を、4時間に圧縮することで辻の修羅場が鋭利なナイフとなって観客に降り注ぐ。そして、そこへ原作以上のルッキズム問題を持ち込む。原作では細川さんとみっちゃんの二股かけているように描かれているが、映画版ではみっちゃんは拒絶されるファムファタールとして描かれ、モテない細川さんが必死にデキる女になろうとして愛を求めるが、絶対に「好きだ」と言わない辻に現代の根深いルッキズム問題を忍ばせている。そして、掴めそうでウナギのようにスルリスルリと辻のコントロールから逸れていく浮世と元彼軍団に私の頭の中で警報がなり続けました。漫画映画実写化の見本としてモノリスのような存在となりゆる映画でしょう。本作を映画祭で上映できなくしたコロナが恨めしい。
最後に…
今年はコロナ禍で映画館では120本ぐらいしか観られなかった。それでも今年は日本映画が充実しており『VIDEOPHOBIA』、『スパイの妻 劇場版』、『ジオラマボーイ・パノラマガール』、『星の子』、『おらおらでひとりいぐも』などと観応えある作品に興奮しました。よくよく考えたら、下半期だけでも黒沢清、青山真治、河瀨直美、井筒和幸新作が肩を並べるすごい状況でした。
三池崇史の『劇場版 ひみつ×戦士 ファントミラージュ!』が『初恋』を遥かに超える傑作だったことも忘れてはいけない。誰が子ども向け映画で闇落ちした黒沢清と戦う話だと想像できるでしょうか?しかもご丁寧に黒沢清的陰影を再現しているどうかした映画でした。
さらに2021年の作品不足に備えて、MUBI映画をもっと掘っていきたいと考えています。映画の世界はコロナ禍でも思った以上に広く、一人では到底追いきれない。
だから私は「鬼になりませんか?」と未知の映画を探す仲間を募集しながら来年も金塊を探しに行きます!
というわけで長くなりましたが来年もよろしくお願いします。
チェブンブンシネマランキング2020年新作部門
1.本気のしるし 劇場版
2.アンカット・ダイヤモンド
3.JEANNE
4.アルプススタンドのはしの方
5.Tripping with Nils Frahm
6.Greener Grass
7.Chained for Life
8.鵞鳥湖の夜
9.アリスと市長
10.CAT STICKS
11.SWALLOW/スワロウ
12.透明人間
13.天国にちがいない
14.皮膚を売った男
15.死ぬ間際
16.Kajillionaire
17.TOMMASO
18.DAU.ナターシャ
19.国葬
20.映画 おかあさんといっしょ すりかえかめんをつかまえろ!
おまけ:短編ベスト
1.14のカノン BWV 1078
2.旧支配者のキャロル
3.がんばれいわ!!ロボコン ウララ〜!恋する汁なしタンタンメン!!の巻
4.Wittgenstein Plays Chess With Marcel Duchamp, Or How Not To Do Philosophy
5.HOW TO DISAPPEAR
6.OUTER SPACE
7.ビニール袋の夜
8.THE FALL
9.CURVE
10.WOOD CHILD&HIDDEN FOREST MOTHER
今年は短編映画も沢山観ました。新千歳空港国際アニメーション映画祭に沢山傑作があり、バッハのカノンを立体的音の動きで魅せる『14のカノン BWV 1078』や戦争ゲームの中で自殺することと実際の戦争との関係を哲学的に紡いだ『HOW TO DISAPPEAR』、小さなおじさんの狂ったアニメ『WOOD CHILD&HIDDEN FOREST MOTHER』などを発掘した。アニメで言えば、コラージュの破壊力が凄まじい『Wittgenstein Plays Chess With Marcel Duchamp, Or How Not To Do Philosophy』やビニール袋が粘着質に襲いかかる『ビニール袋の夜』が魅力的であった。
Mini Theater AIDのリターンで観た『旧支配者のキャロル』は映画業界のパワハラをホラーに翻訳したユニークな作品だった。
この夏、一部界隈で盛り上がった『がんばれいわ!!ロボコン ウララ〜!恋する汁なしタンタンメン!!の巻』はロボットと担々麺が恋する常軌を逸した内容を短編ならではのノリと勢いで押し切った2020年ヤケクソ映画の金字塔と言える。
旧作ではペーター・チャーカスキーの『Outer Space』のグチャグチャに切り刻まれて合成されたキメラに感銘を受けた。
ジョナサン・グレイザー久しぶりの作品『THE FALL』はA24製作で一刻も早く長編映画化されてほしい代物の一方で、坂に取り残された人のサバイバルを描いた『CURVE』は短編映画ならではの面白さがあり長編化したらつまらなくなると感じた。
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・チェブンブンブックランキング2020 1位は『映像研には手を出すな!』
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