【ネタバレ考察】『ジオラマボーイ・パノラマガール』2020年代青春奇譚は厭世をキラキラで包む

ジオラマボーイ・パノラマガール(2020)

監督:瀬田なつき
出演:山田杏奈、鈴木仁、滝澤エリカ、若杉凩、平田空、持田唯颯etc

評価:90点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

時は映画祭シーズン。今シーズンは新型コロナウイルス蔓延の混乱な為か、例年以上に重なり、さらにはオンライン開催なんかもあり映画ファンは通常の公開作品を見逃しがちな時期である。そんな中『ジオラマボーイ・パノラマガール』が公開された。2018年『リバーズ・エッジ』、2019年『チワワちゃん』と最近ブームなのか岡崎京子映画化企画2020年版である。監督は、最近注目されている瀬田なつき。

私は高校時代にケーブルテレビで『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』を観賞し、縦横無尽に第四の壁を破るトリッキーな演出が印象に残っている程度。10年ぶりぐらいの瀬田なつき映画なのですが、あの頃の彼女とは比べ物にならないぐらいの超絶技巧を魅せてくれました。山戸結希『ホットギミック ガールミーツボーイ』以降、急激に変わりつつある青春キラキラ映画の文法の大波に乗り、さらに『鵞鳥湖の夜』を彷彿とさせるアクションとしての面白さに満ち溢れた作品であり、そしてベルトラン・ボネロ『ノクトラマ/夜行少年たち』や青山真治『空に住む』がシネフィル的文法に縛られ頭でっかちになっているのに対して、その先の世界を魅せてくれる作品であった。本作は、できれば何も予備知識入れないで観て欲しいので、ここではネタバレ記事とします。

『ジオラマボーイ・パノラマガール』あらすじ


「リバーズ・エッジ」などで知られる人気漫画家の岡崎京子が1989年に刊行した同名コミックを実写映画化。現代の東京を舞台に、未来への不安を抱えながらも「今」を生きる若者たちを描いた。16歳の平凡な高校生・渋谷ハルコは、ある夜、橋の上で倒れていた神奈川ケンイチに一目ぼれする。ハルコは世紀の恋だとはしゃぐが、真面目でおとなしいケンイチは、受験を目前にして衝動的に学校を辞めてしまい、それどころではない。さらにケンイチは、勢いでナンパした危険な香りのする女の子マユミに夢中になっていき、ハルコとケンイチの恋は平行線をたどるが……。渋谷ハルコ役は映画「小さな恋のうた」などで注目される山田杏奈。神奈川ケンイチ役は、山田とは「小さな恋のうた」でも共演している鈴木仁。監督・脚本は「PARKS パークス」「嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん」の瀬田なつき。
映画.comより引用

2020年代青春奇譚は厭世をキラキラで包む

16才の少女ハルコ(山田杏奈)は起床する。チコクチコク〜と慌ただしくリビングを這いずり回り、散乱する教科書をリュックサックに詰め込み、靴下の片割れ探しに苦戦しながら、家を飛び出す。一方で高校生のケンイチ(鈴木仁)は長い長い坂をフラフラしながら自転車で漕ぐ。この自転車を漕ぐ様子から、非凡な何かを感じる。苦しそうに走るモブキャラに紛れて、主婦と思しき方は颯爽を彼を追い抜いて行く。その対比でもって、背が高い彼のヘナチョコさが際立つ。そしてボーイ・ミーツ・ガールの始まりかと思わせておいて、一度スルーして学校に向かわせる。『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』同様、自己を斜めから構えて分析する癖の強いセリフを交えて。

この二人は、2020年代を生きる若者の象徴だ。岡崎京子世代の有識者曰く、彼女の世界観はバブル崩壊後に傷ついた若者を捉えているとのこと。行定勲が手がけた『リバーズ・エッジ』はそれを捉えようとしていたが、『チワワちゃん』は2010年代的空虚な平成を捉えようとした。そして『ジオラマボーイ・パノラマガール』は『チワワちゃん』が捉えた世界のその先にある2020年代的空虚を捉えようとした。その空虚の正体とは何か?それは「開き直り」である。もはやバブルの華やかな日本知る者はいない。今の子は、生まれた時からずっと底なしのどん底に墜ちている。一見裕福に見えるハルコの家も、主婦という一昔前の概念は無くなり共働きだ。そんな時代だからこそ、「世界なんかどうにもなってしまえ」という潔い開き直りがある。

ハルコもケンイチも思春期特有の、未来が見えず時間だけがある。学校という狭い箱にモヤモヤが収まり切らず、でもその感情を言語化できずに、爆発しそうな感覚に包まれている。常にフワフワグルグル落ち着きなく動いている。ケンイチは突然テストを抜け出し、先生にキスをして飛び出す。街でナンパをするのだが、イキっているだけなので、中途半端なナンパしかできない。ようやくナンパに成功したら、その女(森田望智)の男に殴られる。殴り返そうとするのだが、気の抜けたパンチしか繰り出せない。彼はヤケクソなので、テレビで政治的ニュースが流れておりホテルマン先輩の外国人が「トウキョウヤバイネ」と不安な顔を浮かべているのに、「そんなもんどうだっていいのよ。女がいればそれでいいのさ」と力説し、ドン引きさせている。一方、ハルコもクラブで酒を呑み、盗んだチャリで走り出し、警察に捕まっても、まるで他人事のように自分を捉えている。そして親に怒られると、「私のこと何も分かっていない」と逆ギレし、懲りずに再開発途中の高層マンションに忍び込む非行を繰り返すのだ。彼女は警察に捕まったことで指定校推薦受験の資格が剥奪されているのに、少ししょんぼりしたら、あとは開き直っているのです。

もはや今の時代にはっぱ隊『YATTA!』やモーニング娘。『LOVE MACHINE』のような空元気でポジティブに生きる概念すらなく、絶望に開き直るしかない。そんな厭世的な世界を瀬田なつき監督はキラキラとした世界とシネフィル映画的技巧で包み込んでみせる。ケンイチがいちゃついているとテレビでは『丹下左膳余話 百萬両の壺』が流れていたりする。『パン屋襲撃』や『納屋を焼く』といった村上春樹小説のタイトルだけで会話をしようとしたりする。道で倒れているケンイチをハルコが助ける際には、スケボーがいつまでたっても安定せず、勝手に動き出してしまうとこを必死に静止しようとする滑稽さや、二人が街を歩いているとおびただしい量のゴキブリが現れ右往左往する。クラブでケンイチの彼女にハルコが絡まれる場面では、ハルコがその女から距離を取ろうとテーブルを囲ってグルグル回る。こういった描写があるとハワード・ホークスかなと思ったりするのだが、本作の場合はホークス的群の動きを完全に自分のものとし瀬田なつき色に染めているので、新鮮さがある。シネフィル映画的技術だけの臭みというのが少なく、思春期の大人になろうとしつつも恐怖だったり、自分の心の内側に入って欲しくない気持ちの鬩ぎ合いとして効果的に使われている。つまり必要なアクションしかそこにはないのだ。

また、映画的ハッタリの妙も多く、よくよく考えればケンイチは交通系ICカードを落としてしまっているのに何故電車で帰れているのか?とか菊正宗はどこから出てきたのか?とか奇妙な場面はあるのだが、それが気にならなくなるほど予測不能な動きをするから映画として大成功である。

山田杏奈、鈴木仁はもちろん、ファム・ファタール役こと森田望智。そしてほとんど素顔が見えないながら圧倒的オーラを見せつける小学生を演じた持田唯颯と出てくる人出てくる人面白い演技をスクリーンに焼き付けていて、これは映画館で観て大正解でした。

※映画.comより画像引用

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