【MUBI】『TRIPPING WITH NILS FRAHM』「音」を撫でる、「音」と戯れる

TRIPPING WITH NILS FRAHM(2020)

監督:Benoit Toulemonde

評価:90点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

年末は映画の追い込み時期。評判の高い映画を片っ端から観るようにしているのだが、MUBIで配信されているコンサート映画の評判が凄い事になっていました。ワンカットサスペンス映画『ヴィクトリア』の音楽で知られるミュージシャンのニルス・フラームのコンサート映画だ。今年の映画批評界隈では、スパイク・リーがデヴィッド・バーンのコンサートを収録した『American Utopia』が相次いで年間ベストに上がっている。一方でMUBIではニルス・フラーム『TRIPPING WITH NILS FRAHM』が9.3/10の高評価となっている。コンサート映画は意外な掘り出し物が多いので、知らないアーティストでも果敢に挑戦するのだが、これは正解であった。

『TRIPPING WITH NILS FRAHM』概要


An iconic artist at an iconic location. This concert film captures several mesmerizing live performances from the renowned German composer and producer Nils Frahm at the legendary Funkhaus Berlin. Expect soaring ambient and neo-classical piano from one of the greatest contemporary musicians around.
訳:象徴的なアーティストが象徴的な場所で。このコンサート映像は、ドイツの有名な作曲家でありプロデューサーでもあるニルス・フラームの伝説的なファンクハウス・ベルリンでの魅惑的なライブパフォーマンスの数々を捉えたものです。現代音楽界で最も偉大なミュージシャンの一人であるニルス・フラームの、アンビエントでネオクラシカルなピアノの響きにご期待ください。
mubiより引用

「音」を撫でる、「音」と戯れる

コンサート映画は単にライブを収録するものではない。常に「映画的」と向き合い、ライブが持つ一回性の陳腐化と闘わねばならない。また、ライブ映像とコンサート映画の差を明確にしなくてはならない。私のオールタイムベスト常連であるトーキング・ヘッズの『ストップ・メイキング・センス』は、この手のコンサート映画が「映画的」を意識するあまりやりがちなインタビューという付加価値を排除し、ライブ映像だけで勝負する。ライブとの違いを魅せつけるために、観客の完成は極限まで抑え、縦横無尽に動き回るデヴィッド・バーンやバックコーラスの歌姫の身体表象を舐めるように映す。これにより、段々と仲間が集まり「Life During Wartime」で最初のクライマックスを迎え、そこから儀式的第二幕へと移りバイブスの灯火を絶やさず終わる最強のライブの旨味だけが抽出されるのだ。

さて、話を戻そう。

『TRIPPING WITH NILS FRAHM』は、観客が介入できない「音」と戯れる男ニルス・フラームの目線を徹底的にフレームに焼き付ける傑作コンサート映画だ。1曲目「Fundamental Values」。アルバムでは、「Enters」「Sunson」で助走をつけてから「Fundamental Values」に入るのだが、本作は映画なので1発目からメインディッシュを持ってくる。

ポンッポポポン、ポポポン、ポポポン、ポンというビートに合わせて段々とシンセサイザーやピアノの旋律が絡み、複雑で立体的な音となっていく。カメラはニルス・フラームの手つきを官能的に捉える。まるで赤子をあやすように、つまみを捻り、ピアノをさする。機械的正確さで奏でられる複雑なメロディでありながらも、機械操作する動きは人間的だ。その二律背反を一つの空間に収めてしまうニルス・フラームの神がかりな所作に感動を覚える。

曲が終わると、周囲が明るくなる。観客が彼を取り囲んでいた事に気づく。そうです。このコンサートは『坂本龍一 PERFORMANCE IN NEW YORK : async』と同様のスタイルの狭い空間でニルス・フラームを取り囲みながら聴く代物だったのだ。映画は、ニルス・フラームが「音」を撫でる事に没頭している様を正確に捉えている。『坂本龍一 PERFORMANCE IN NEW YORK : async』ではノイズの世界に没入する坂本龍一の心象世界を、実験映像で表現してしまう誤魔化しがあったのだが、本作はニルス・フラームを捉える事だけに専念しており、これが高評価の鍵を握っているといえる。

熱気を帯びる「Fundamental Values」を冷ますように「My Friend The Forest」を挟んで、「All Melody」を展開する。ここでは旋律がまるで宇宙空間を漂う惑星のように複雑な弧を描き、やがて彼方から銀河を覗きこむような美しさを纏う。そして、その宇宙に酔いしれる人をさり気なく捉えていく。このさり気なさは『ストップ・メイキング・センス』でも使われたテクニックだ。あくまで主役はミュージシャンであるが、コンサート映画としての現場の熱気をアーカイブする必要もある。最小手数でバイブスが上がった現場を捉える演出に舌鼓を打つのだ。

そしてその熱気はトランス旋律が特徴的な「#2」にまで波及していく。

そして気がつけばコンサートは終わっている。疲労と満足と感動を一つに背負ったニルス・フラームの表情、佇まいに私はすっかりノックアウトされていました。

今年中に『American Utopia』を観られる状況にない為、今年のベストコンサート映画は『TRIPPING WITH NILS FRAHM』で決まりだ!

残念ながら知名度的に日本公開は難しそうだが、これは映画館で観たかった、極音上映で観たかったという哀しさを込めながらこの記事を締めくくろうと思う。

※npr.orgより画像引用

ブロトピ:映画ブログ更新しました!
ブロトピ:映画ブログの更新をブロトピしましょう!