【CPH:DOX】『GUNDA』ソクーロフに映画のノーベル賞を与えたいと言わせた男による豚観察日記

GUNDA(2020)

監督:Victor Kossakovsky

評価:60点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

コペンハーゲンで開催されているドキュメンタリー映画祭CPH:DOX。オンライン上映があるとのことなので参加することにしました。今回、私が狙うのは『GUNDA』である。本作は、第93回アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞にもノミネートした作品で、豚目線台詞なしで生活を捉えた作品とのこと。監督のVictor Kossakovskyはカイエ・デュ・シネマ2010年代ベスト号で、アレクサンドル・ソクーロフ監督に「映画の中のノーベル賞があれば、撮影や内容の文法を人間的にさせる例外を示したことに対する功績を称してViktor Kossakovskyに与えたい。この巨匠は映画館にある存在を欠点などひっくるめて正当化させます。」と賞賛された監督である。前作『Aquarela』では水彩画の美しさで、氷の大地が映し、その中での人々の営みを描いていました。海外の批評家の2020年ベストにも選出されるなど、評判が高い新作『GUNDA』に挑戦してみました。

『GUNDA』概要

Every year, human beings slaughter about 70 billion livestock. In his latest film, the Russian master Viktor Kossakovsky lets the camera linger on one of these animals -the sow Gunda – and the other pigs, hens and cows in her company. There are no expert interviews in ‘Gunda’, which is just as far from the conventions of documentary filmmaking as the director’s spectacular climate hit ‘Aquarela’. But by letting us look at the behaviour of animals in dazzlingly beautiful black-and-white images, Kossakovsky lets us understand that there is both intelligence and emotions behind the snouts, beaks and muzzles.
訳:毎年、人間は約700億頭の家畜を殺処分しています。ロシアの巨匠、ビクトル・コサコフスキー監督の最新作では、これらの家畜のうちの1頭、雌豚のグンダと、彼女と一緒にいる他の豚、雌鶏、牛にカメラを向けている。グンダ」には専門家のインタビューはなく、監督が気候変動をテーマにした壮大なヒット作「Aquarela」と同様に、ドキュメンタリー映画の慣習とはかけ離れたものになっている。しかし、コサコフスキー監督は、目の覚めるような美しいモノクロの映像で動物の行動を見させることで、鼻やくちばし、口輪の奥に知性と感情があることを理解させてくれる。

※CPH:DOXより引用

ソクーロフに映画のノーベル賞を
与えたいと言わせた男による
豚観察日記

小屋から大きな豚の顔がひょっこりと見える。豚は熟睡しているようだ。すると、一匹、また一匹と豚の赤ちゃんが出現し、大きな豚の周りで暴れ出す。授乳の時間だろうか。大きな豚はよろよろと起き始める。子豚は乳に貪欲だ。無数の子豚がひしめきあいながら親豚の乳を吸う。相当体力を使うのか、親豚はぐったりと横わる。SNSをひらけば、バズりたい一心で動物の赤ちゃん動画が拡散されている。本作では、研ぎ澄まされた色彩の中で豚の赤ちゃんが映し出されるのだが、終始禍々しいものを感じる。大抵、その嫌な予感というものは当たるものである。

突然、親豚が赤ちゃんを蹴っ飛ばし、踏みつけるのだ。編集により、その赤ちゃんがどうなったかは分からない。そして、一瞬の場面故にこれが虐待かどうかも分からない。しかし、暴力があったという事実だけは残る。その不意打ちにゾワっとさせられるのだ。

そして場面は変わり、鶏の生活が映し出される。片足の鶏は自由を求めてけんけんしながら彷徨う。そしてフェンスに差し掛かると、小さな穴から顔を出し、ユートピアに羨望の眼差しを向ける。このまるで「不思議の国のアリス」における小さな扉から別世界に行こうとするもどかしさを体現したドラマに引き込まれる。

ただ、本作は豚に7割型フォーカスが当たっており、残りで鶏と牛の生活を描いているためアンバランスだと感じた。中上健次の小説を彷彿とさせる凝縮された空間における濃密な関係性を豚で描こうとしているように感じているので、他の動物がノイズに感じてしまうのだ。突然、小屋が車によって運ばれてしまい、取り残された豚の哀愁漂う放浪など、台詞なしであるのに画で物語を語り切る。サイレント時代の強固な画の美学を豚目線で取り入れるユニークなアプローチこそ面白かったが、なんだか惜しい映画でした。

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