ソウルフル・ワールド(2020)
SOUL
監督:ピート・ドクター
出演:ジェイミー・フォックス、ティナ・フェイ、ジョン・ラッツェンバーガー、ダヴィード・ディグス、フィリシア・ラシャドetc
評価:25点
おはようございます、チェ・ブンブンです。
2020年末に、映画の外側で物議を醸した『ソウルフル・ワールド』を遂に観賞した。本作は劇場公開が決まっていたものの、新型コロナウイルスによる米国での公開が困難と判断したディズニーが急遽自身のプラットフォームであるディズニープラスでの配信を決めた。それにより、日本の映画館はグッズ販売や広告が水の泡になってしまった。『ムーラン』に次ぐディズニーの横暴なやり方に映画ファンは激怒した。そして、日本のディズニープラスでは満足する環境で観られなかったり、頻繁に通信トラブルが発生し、解約しようにも面倒なアンケートを答えさせられる為評判が芳しくない。ディズニーは合理的ビジネスを極めた企業だが、その合理的活動がドス黒く、個人的に最近は好きになれない。ビジネス戦略として配信に切り替えるのは正解だ。しかし、それは人をお金を運ぶ装置としかみていないようにも見える。そして、そんな違和感が描いている政治的内容や多様性、国際平和がハリボテに見えてしまう。ディズニー、ピクサーの二枚舌にゲンナリする訳だが、私が一番腹が立つ且つ気持ち悪く思えるのは、米国アカデミー賞がディズニー、ピクサーに盲目なところだ。毎年、ディズニー、ピクサーが受賞する。他社の作品やヨーロッパのアートアニメーションが獲ることはほとんどないのだ。このカルト宗教観がディズニー/ピクサーをドンドン嫌いにさせる。
さて、『ソウルフル・ワールド』は99%第93回アカデミー賞長編アニメーション賞を獲るだろう。『ウルフウォーカー』が獲る未来は来ないだろう。確かに、本作は驚くような映画だ。ジブリ映画のように大人な内容、哲学的、抽象的内容を老若男女夢中になるように作り込んでいるところは私も評価する。
しかし、これはまるでAIが考えたような、合理的に合理的を重ね合わせた窮屈かつディストピアな内容に戦慄しました。ということでネタバレありで書いていく。酷評注意である。
『ソウルフル・ワールド』あらすじ
ディズニー&ピクサーによる長編アニメーション。「インサイド・ヘッド」「カールおじさんの空飛ぶ家」を手がけ、ピクサー・アニメーション・スタジオのチーフ・クリエイティブ・オフィサーも務めるピート・ドクター監督が、人間が生まれる前の「ソウル(魂)」たちの世界を舞台に描くファンタジーアドベンチャー。ニューヨークに暮らし、ジャズミュージシャンを夢見ながら音楽教師をしているジョー・ガードナーは、ついに憧れのジャズクラブで演奏するチャンスを手にする。しかし、その直後に運悪くマンホールに落下してしまい、そこから「ソウル(魂)」たちの世界に迷い込んでしまう。そこはソウルたちが人間として現世に生まれる前にどんな性格や興味を持つかを決める場所だった。ソウルの姿になってしまったジョーは、22番と呼ばれるソウルと出会うが、22番は人間の世界が大嫌いで、何の興味も見つけられず、何百年もソウルの姿のままだった。生きる目的を見つけられない22番と、夢をかなえるために元の世界に戻りたいジョー。正反対の2人の出会いが冒険の始まりとなるが……。Disney+で2020年12月25日から配信。当初は劇場公開予定だったが、2020年の新型コロナウイルス感染拡大により劇場公開を断念し、Disney+での独占配信に切り替えられた。日本語吹き替え声優は浜野健太、川栄李奈。
幸せであることを強要されるディストピア
CGはここ数十年で著しく発達した。毎年のようにディズニー/ピクサー映画本気の画を魅せつけられているので正直感覚が麻痺してしまった私も冒頭から「嘘だろ?」と目を疑った。
学校で音楽を教えるジョー・ガードナー。生徒は協調性ゼロで耳苦しい不協和音が響き渡る。彼はトロンボーン使いのコニーを指差す。くすんだ金属の色合いのリアルさに身を乗り出す。そしてジョー・ガードナーはジャズクラブに行くのだが、これが凄まじい。仄暗い空間の中で、彼の憧れのミュージシャン・ドロシアのサクソフォーンがキラリと光る。陰影礼讃の極みに圧倒される。街に出れば、消防車が現実と寸分違わないリアルさで突っ込んでくる。リュミエール兄弟の『ラ・シオタ駅への列車の到着』を公開当時初めて目の当たりにした観客さながらの衝撃は魂の世界の前衛的ヴィジュアルとの融合により観る者を飲み込む。
しかしながら、その圧倒的リアルとアブストラクトの極端な鬩ぎ合いから一歩引いて物語を追うと、まるでエンジニアがホワイトボックステスト(システムの分岐を洗い出して、その分岐を網羅するようなテスト)をするように無駄なく全ての分岐を爆速で駆け抜ける息苦しさと、ディストピアとしか思えない“Great Before”の世界観、主人公の善人ぶったクソ野郎っぷりに唖然とした。
本作は、TASさながら最短距離でジョー・ガードナーを殺し、王道映画のプロットをなぞり、ハッピーエンドに向かって爆走する。まず9分15秒で、ミュージシャンの道を拓いたジョー・ガードナーはマンホールに落ちて死亡する。そして、死の世界という未知に困惑し、足掻く中で”Great Before”に辿り着く。その彼が死んでから10分後には相棒22と出会う。その15分後には、現世に猫として舞い戻り、ジョー・ガードナーの肉体に寄生してしまった22のぐにゃぐにゃした肉体をコントロールしながら、サブミッションをこなしてジャズセッション会場を目指すのだ。細分化されたプロットの上を駆け抜ける為、ジョー・ガードナーの葛藤だったり、22の苦悩が軽く感じてしまう。それが原因で、人生に成功している人が鬱病患者に自慢しまくっている構図にしかみえず観ていて何もときめかない22が可愛そうに思えてくる。
そして何と言っても”Great Before”の世界がカルト組織のセラピーに近い薄気味悪さを感じる。全員ニコニコしている。「幸せ」「ときめき」を強要し、不幸でいることネガティブであることを禁じられた世界が生み出されているのだ。確かに、幸せであることに越したことはないが、何もときめかず人間を嫌っている22の個性を抑圧し、幸せを押し付けようとしているところが惨い。そしてそんな22にジャズはいいんだぜ!とかいいながら、自分の人生が成功するようにジョー・ガードナーの肉体に宿った22をコントロールしていくところがグロテスクに感じる。のばまんのyoutube動画のように露骨に悪意があって市民が蹂躙されるのよりタチが悪く、カルト団体のセラピーに感じる拒絶反応そのものであった。
肝心なジャズセッションシーンでは、猫になったジョー・ガードナーが22の魂が入った肉体をコントロールし饒舌に語るところで「ジャズみたいな会話だ」と言っているにもかかわらず、カットを割りまくり音と音とのコミュニケーションを一切魅せてくれない。振り返れば、冒頭のドロシアとのセッションもジョーが暴走しているだけで、ジャズ素人、『真夏の夜のジャズ』のセッションぐらいしか知らない私でもジャズを雑に扱っているなと思いました。
そして本作は映画として最悪最低な終わり方をする。人間嫌いの22と悪魔の取引をして、人間界に入るパスポート的なモノをゲットしてジョー・ガードナー返り咲きとなる。そしてジャズセッションも成功するのだが、自分のせいで22の精神を破壊した罪意識から、再び死の世界に転生し、力づくで22を更生させる。そして自分は、22が人間界に行く代わりに死ぬことを選択する。すると、急に万人が現れて、「あなたの活動に感銘を受けたから人間界に戻っていいよ」と言い始める。
黒沢清は第2回大島渚賞講評で次のように語っている。
「いろいろあったけど、よかったよかった」となる映画が多すぎる。
本当にいろいろあったなら、人は取り返しのつかない深手を負い、社会は急いでそれをあってはならないものとして葬り去ろうとするだろう。
人と社会との間に一瞬走った亀裂を、絶対に後戻りさせてはならない。あなたがささやかに打ち込んだクサビは、案外強力なのだ。
よかったよかったと辻褄を合わせる必要なんかどこにもない。
「たかが映画だろう」と周りは言うかもしれない。
しかし映画とは何だ? ぼんやりとみなが想像するものだけが映画ではない。
表現の極北から見出される鋭い刃物のようなクサビで、人と社会とを永遠に分断させよう。これら二つが美しく共存するというのはまったくの欺瞞だ。※映画ナタリー「第2回大島渚賞は審査員総意のもと該当者なし、坂本龍一や黒沢清のコメント到着」(2021年2月26日)より引用
まさしく『ソウルフル・ワールド』は彼が継承を鳴らす生ぬるいハッピーエンドとなっているのだ。22は人ではない。ただの魂だ。しかし、ジョー・ガードナーは22を精神的に殺している。にもかかわらず、エゴと網羅的な分岐の末に辿り着くハッピーエンドでその死をなかったことにするのはいかがなものだろうか?
なんだかディズニー/ピクサーの欺瞞を象徴したような作品で、映像は素敵なのに酷過ぎるなと思いました。
2021年ワースト候補です。
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※imdbより画像引用