愛欲のセラピー(2019)
Sibyl
監督:ジュスティーヌ・トリエ
出演:ヴィルジニー・エフィラ、アデル・エグザルコプロス、ギャスパー・ウリエル、サンドラ・フラー、ニールス・シュネデール、ロール・カラミー、ポール・アミー、Natascha Wiese etc
評価:50点
おはようございます、チェ・ブンブンです。
第76回カンヌ国際映画祭で法廷劇『Anatomie d’une chute』がパルム・ドールを受賞した。本作を手がけたジュスティーヌ・トリエは、カンヌ国際映画祭史上3人目のパルム・ドールを受賞した女性監督となった。そんな彼女の過去作『愛欲のセラピー』を観た。ジュスティーヌ・トリエ監督の作劇は込み入っているイメージがあり、その文脈に乗れるかどうかが肝となってくる。実際に選挙期間中、結果が分からない高揚感の中に役者を投じて撮影した『ソルフェリーノの戦い』は面白かったものの、『ヴィクトリア』におけるパワーバランス像はピンとこないものがあった(『TAR/ター』を観た今、再検証すれば評価が変わるかもしれない)。
本作は、日本にありがちな官能を押し出した邦題がついている。しかし、本作の重要なポイントは他にあるため、とっつきにくい内容から映画レビューサイトにて困惑の声が後を絶たない事態となっている。面白い映画ではないものの、単につまらないとしてしまうのは勿体無い作品だと思っているので書いていく。
『愛欲のセラピー』あらすじ
セラピストのヒロインが、悩み多き女性患者のひとりに振り回されて次々と奇妙な状況に巻き込まれていくさまをブラックなタッチで描いた、不条理喜劇仕立ての官能ドラマ。
セラピストの仕事を辞め、元の作家稼業に戻ることを決意したシビル。けれども、患者のひとりである女優のマルゴが、長年自分の悩みを打ち明けてきた相談相手を新しい担当医に変えることを嫌がったことから、やむなくシビルは、彼女のカウンセリングを継続するはめに。マルゴは、新作映画で共演中の恋人イゴールがその映画の女性監督ミカと不倫していることに悩んでいた。かくしてシビルも、その映画の撮影現場に同行するのだが…。
パルム・ドール受賞監督ジュスティーヌ・トリエが考える虚構論とは?
セラピストであるシビル(ヴィルジニー・エフィラ)が小説を書きたいからとセラピストを引退、請け負っている患者を容赦なくぶった斬り、いざ執筆。しかし、早々に行き詰まり悶々とする。そんな中、患者であり俳優のマルゴ(アデル・エグザルコプロス)に泣きつかれ、セラピスト活動をズルズルと引き摺ることとなる。撮影現場に行くことになるのだが、監督とマルゴの間で軋轢が生じているため殺伐としている。ヒステリックに泣き喚く監督、混乱する現場を目の当たりにする。シビルはこともあろうことかマルゴの精神状況を小説に盛り込もうとする。
側から見ると、職業倫理に反しているし、その言い訳として「人生とはフィクションだ、いくらでも書き換えられる」といってマルゴを通じて自分の人生を思い通りにしていこうとするメッセージはどうかしているとしか思えない。ただ、本作はフランス映画界が頻繁に扱う「人生とは何か?」と作家のスランプものの中道から物語を紡ごうとしている点が興味深い作品となっている。ミア・ハンセン=ラヴ『それでも私は生きていく』やミカエル・アース『午前4時にパリの夜は明ける』といった「人生とは何か?」は、未来が見えない状況での足掻きをリアルに描いている。そのため、主人公と類似の境遇にいる人が観ると共感するだろう。この手の映画が比較的多いフランスにおいて、その表現はマンネリ化していないか?または虚構としてそれを行う必要があるのだろうか?恐らくジュスティーヌ・トリエは、この問題提起から作劇を行なっている。映画は虚構である。存在しないシチュエーションを通じて人間を描けないか?『8 1/2』や『バートン・フィンク』などといったクリエイターのスランプものでは、悪夢的描写を通じて人間の苦悩を描いてきた。飲み込み辛いシチュエーションが現実における混沌を象徴しており、それを乗り越えようとする様に人間味を与えていく。ジュスティーヌ・トリエ監督の場合、こうした悪夢的描写に頼らず、映画が得意とする視覚表現に頼ることなく、虚構を通じた人間描写に挑戦したといえる。
セラピストであるシビル自身が、キャリアに迷いセラピーが必要な存在だ。そんな彼女の分身として、マルゴや監督がいる。壊れている他者への眼差しを通じて自分を分析する。そして、書く行為とは自分の思索をまとめる作業である。マルゴを小説に組み込むことは、私小説以上に自分を客観的に捉えることである。そして「人生とはフィクションだ、いくらでも書き換えられる」と語るように、自分を客観視し、物語を紡ぐことで行き詰まった人生を乗り越えることができると定義している。それはセラピストの本質である、道を失った者を導く行為にも繋がっていく。自問自答しながらキャリア形成していく、ある種のPDCAを円環構造のように物語へ取り込んでいく演出は興味深い。
確かに、映画全体で考えると退屈だし飲み込み辛い展開が続くので困惑するのだが、それでもアプローチ自体は面白かった。
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※MUBIより画像引用