『パート2』ゴダールによるふたつの世界?いや3つ、4つの世界

パート2(1975)
Numéro deux

監督:ジャン=リュック・ゴダール
出演:サンドリーヌ・バティステラ、ピエール・オードレイ、ジャン=リュック・ゴダールetc

評価:95点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

映像制作をするようになり、実験映画を掘ってみたいなと思ってゴダールの『パート2』を観た。丁度、レフ・マノヴィッチ「ニューメディアの言語」を読んでいたこともありタイムリーな作品であるとともに、ゴダールの凄まじさを改めて感じた。

『パート2』あらすじ

Jean-Luc Godard mixes video and film in his Grenoble studio, discussing how he secured funding for the film. The action unfolds on two monitors, as a young working-class couple lives in a claustrophobic, high-rise apartment complex and marital discord is set off by the wife’s infidelity.
訳:ジャン=リュック・ゴダールがグルノーブルのスタジオでビデオとフィルムをミックスし、この映画の資金をどのように確保したかを語る。労働者階級の若い夫婦が閉所恐怖症の高層アパートで暮らし、妻の不倫によって夫婦の不和が引き起こされる。

※MUBIより引用

ゴダールによるふたつの世界?いや3つ、4つの世界

「ニューメディアの言語」の序盤では『カメラを持った男』における映像の構成について語られる。本作は少なくとも

1.映画作品のための素材を撮影するカメラマンの物語
2.完成した映画を映画館で観る人
3.映画作品そのもの

に分けられるとレフ・マノヴィッチは語っている。また、映画は時空間を編集し、この世に存在しない画を提示することで単なる羅列(インデックス)を乗り越えられる性質も示している。それを踏まえて本作を観ると、ゴダール版『カメラを持った男』であることが分かる。ゴダールは横を向きながら語る。ディスプレイには彼の正面が映っており、それを通じて我々は彼の振る舞いから来る語りに出会う。別の場面では、対話する二人をディスプレイが映しており、そのうちひとりは背中しか映っていないのだが、画の挿入により正面が提示される。実体の世界では存在できない空間を編集でもって提示するのだ。テレビ、テレビとカメラとの間にある空間、それを観る我々との空間を様々なアプローチで魅せていく。おそらく、このテーマを課題として与えたときに、多くは画をふたつ並列に並べる手法や、少し大きさを変えて配置する手法を取るだろう。だが、本作では、画の左にテレビモニタ2台を縦積みにする、テレビモニタのノイズによって画郭が変化するといったアプローチが採用され、テレビがない空間の陰影とのマリアージュがカッコいいものとなっている。そして、ゴダールが2つの画面を観ながら映像を凝視しながら、作業している様は、映像編集している時の自分とも重なり痺れた。

2023年下半期はこの手の実験映画を追っていきたいものである。インスピレーションが高まると感じた。

P.S.ゴダールといえば文字アートだが、『パート2』でもそれは炸裂しており、numéro deuxと文字を書き換えると見せかけてnuméro unと記述するあたりが良かった。

ゴダール関連記事

『ゴダールの決別』You go c’est la vie
『ゴダールの探偵』見るは欺く、真実はいつもひとつ
【 #死ぬまでに観たい映画1001本 】『彼女について私が知っている二、三の事柄』ゴダールは二、三の事柄を「映え」で凝縮する
【ネタバレ解説】『イメージの本』ゴダール版『レディ・プレイヤー1』に何思う?
『ヌーヴェルヴァーグ』社会は冷たい、個は温もり
『フォーエヴァー・モーツアルト』Je pense, donc je ne suis pas

※MUBIより画像引用