【チェブンブンシネマランキング2023】新作部門第1位は回顧録を意外な形で映画化したあの作品!?

【チェブンブンシネマランキング2023】新作部門
さて、今年も恒例のこの企画がやってまいりました。

「チェブンブンシネマランキング2023」!

今年は、コロナ禍の影響か日本未公開映画が不作だったのだが、山形国際ドキュメンタリー映画祭と東京国際映画祭でかなり面白い作品を見つけることができた。また、日本映画が豊作であり、世間では『ゴジラ-1.0』や『君たちはどう生きるか』が話題となっていたが、それ以外にも凄まじい作品とたくさん出会った。ということで、今年も年間ベストを発表していく。

※タイトルクリックすると詳細作品評に飛べます。

1.白鍵と黒鍵の間に(2023)


監督:冨永昌敬
出演:池松壮亮、仲里依紗、森田剛、クリスタル・ケイ、松丸契、川瀬陽太、杉山ひこひこ、中山来未、佐野史郎、洞口依子etc

社会問題にコミットしたり、理詰めで固めるだけが映画ではない。このノンシャランを極めた映画は、そんな当たり前のことを思い出させてくれる。南博の回顧録を映画化した作品だが、映画の中で南/博と分裂して描かれる。そして両者とも池松壮亮が演じる。勘の鋭い人なら、一夜の物語に見せ掛けて、銀座デビューを果たした世界線と、上り詰めた世界線を繋ぎ合わせた話かと思うが、それを裏切る。銀座を彷徨う博の修羅場劇を通じて、次々と美しい画が仕留められる一方で、終盤にはエヴァンゲリオンさながらの混沌とした形而上の世界へ引き摺り込まれる。これぞ映画讃歌といえよう。

2.Queens of Qing Dynasty(2022)


監督:アシュリー・マッケンジー
出演:サラ・ウォーカー、Ziyin Zheng、Xue Yao、Cherlena Brake、Julia Rideout etc

脳内にノイズが入った者の浮遊する葛藤を描いた異色作。アシュリー・マッケンジーは『Werewolf』でも音による魔法を魅せていたが、ここでついに開花した。主人公を制御しようとする周囲に対して、中国からきた研修医だけが感情を受け止める。しかし、グイグイ歩み寄るのではなく、そこにいて受け入れる距離感を保ち続ける。静かなる抵抗の強い運動、ノイズまみれの孤独の中で自分を掴もうとする様に涙した。

3.おーい!どんちゃん(2021)

監督:沖田修一
出演:どんちゃん、坂口辰平、大塚ヒロタ、遠藤隆太、師岡広明、宮部純子etc

監督が友人たちと何気なく、子どもの成長を撮っていく中で物語が紡がれていった本作は、沖田修一らしいゆるさと理詰めの集大成ともいえる傑作に仕上がっている。家と赤子を中心とし、モラトリアムに生きる男たちの道筋が切り開かれていく。モラトリアムの終わり、それは青春の終わりともいえ、あの時の仲間たちがバラバラの道に進んでしまう切なさがあるのだが、思わぬ円環構造によって再び集まる。まるで、彼らと一緒に人生を歩み、同窓会で再会したかのような感傷的な気分に浸った。即興でこんなドラマが生まれることにも衝撃を受けたのであった。

4.ノーバディーズ・ヒーロー(Viens je tʼemmène,2022)


監督:アラン・ギロディ
出演:ジャン=シャルル・クリシェ、ノエミ・ルヴォウスキー、イリエス・カドリ、ミシェル・マジエロ、ルノー・リュットンetc

アラン・ギロディの作品はイマイチよくわからないのだが、この変則家侵入ものに興奮した。欲望を満たす寸前で中断されてしまう男と言葉巧みに欲望を満たしていくテロリスト疑惑の男。互いの運動を交差させていく中で、フランスにおける平行線の議論を展開するが有事の際には団結する様をダークに笑い飛ばす。どこに着地するか分からぬライド感込みで楽しかった。また、本作は意外なことにもエンジニア描写がリアルであり、テロリスト疑惑の男がPCを借りる際にTorブラウザを使用したり、それに対してコマンドによる検索履歴調査を行う。そもそもブラウザがLinux系と、地味ながらやたらと忠実な描写に仕上がっており興味深かった。

5.レッド・ロケット(Red Rocket,2022)


監督:ショーン・ベイカー
出演:サイモン・レックス、ブリー・エルロッド、スザンナ・サン、Ethan Darbone etc

アメリカ社会における自由とは何か?サイモン・レックス演じる「自由の悪魔」が軽率に寄生し、裏切り、搾取する過程を描いた抱腹絶倒のドラマだ。地方都市に住む少女の都会に対する憧れをダシに、自己実現のためだけに搾取をしていく彼の姿がグロテスクである。そして、現在の社会において自由の悪魔が罰せられず蔓延っているのと同様に、決して彼を再起不能になるまで陥れるのではなく、図太く生存させていく様に物語としての強度を感じた。

6.声なき証人(Mudos testigos,2022)


監督:ヘロニモ・アテオルトゥア・オルテアガ、ルイス・オスピナ

山形国際ドキュメンタリー映画祭で発見した掘り出しもの。コロンビアでサイレント映画のフッテージが見つかり、修復した体で始まるのだが、ドンドンとおかしなこととなっていく。昼ドラのような三角関係ものが一転、カップルを追跡するためにアマゾンの奥地へと侵入し、戦争に巻き込まれる『地獄の黙示録』のような物語へと横滑りしていくのだ。しかも、いくら実験的演出の宝庫であるサイレント映画とはいえ、高速に多重露光を積む異常な描写には違和感がある。実は、本作はフッテージを組み合わせて架空の物語を作っていたのだ。キメラとして再構築される物語の異常さとユニークさにノックアウトされた。

7.犯罪者たち(The Delinquents,2023)


監督:ロドリゴ・モレノ
出演:マルガリータ・モルフィノ、ヘルマン・デ・シルバ、ローラ・パレーズetc

第36回東京国際映画祭で3時間の異色犯罪ものがあるよと勧められて、後追いで観たのだが、これが凄まじかった。ジャン=ピエール・メルヴィルを彷彿とさせる犯罪者の孤独な仕事を捉えたかと思いきや、映画は2種類のバカンス映画へと枝分かれする。その中で金と仕事に縛られる者と数年の我慢を経て自由になる者の対比が描かれる。目の前に金がありながら富を確定できず、何度も札束を覗き込んでしまう部分。それにより修羅場が発生してしまう辺りの勢いある修羅場は、ジャック・ベッケル『幸福の設計』に匹敵する面白さがある。ここ最近、アルゼンチン映画が来ている。ジャンルを横断することで新しい映画文法を見出そうとするアルゼンチン映画に注目である。

8.正欲(2023)


監督:岸善幸
出演:稲垣吾郎、新垣結衣、磯村勇斗、佐藤寛太、東野絢香etc

東京国際映画祭で期待せず観たのだが、まさかクローネンバーグ『クラッシュ』さながらの世界を日本で作れてしまうことに驚かされた。原作は、朝井リョウが持つ孤独の哲学をびっちり説明していくスタイルだった。それに対して本作は表情による演技でもって、ライフステージを押し付ける眼差しに怒りを抱える者たちの葛藤を掬い上げていった。そして、そうした者たちのコミュニティとして「水フェチ」界隈を配置しながらも、とあるフェチを隠すための利用であったり、そもそも多様性自体が他者に向けられた瞬間に加害へと豹変する中でどのように距離感を置けば良いのかといったマジョリティ/マイノリティに共通する普遍的なコミュニティ論へと発展させていく演出に惹き込まれた。さらに本作で登場するYouTuberの解像度が高くて、こうしたメディアを過小評価しがちな映画業界の進歩も観測でき満足いく作品となっていた。

9.鳥たちへの説教(Sermon to the Birds,2023)


監督:ヒラル・バイダロフ
出演:ラナ・アスガロワ、オルハン・イスカンダルリ、フセイン・ナシロフetc

東京国際映画祭界隈を震撼させた、『クレーン・ランタン』のヒラル・バイダロフは彼なりの「神曲」を刻もうとしている。煉獄編にあたる本作は、戦禍により苦しみを抱える者たちが、救世主の到来を待ち望んでいる心理の世界を具現化したものである。美しくも冷たい空間をひたすら歩き、山の頂上にいる存在との邂逅を目指す。『死ぬ間際』で魅せた、シームレスに生と死の空間を交える様、静けさの中で果物が流れる一方で、強烈な銃声が空間を引き裂く。こうした運動により染み出す悲しさに心打たれた。次回作は、”Void(無)”に説教をするらしいので楽しみだ。

10.ニッツ・アイランド(Knit’s Island,2023)


監督:ギレム・コース、クエンティン・ヘルグアルク

VTuberとして活動する中で、声やアバターだけしか知らない人とコラボすることもあった。それだけに、映画のほとんどをゾンビゲーム「DayZ」の中だけで描いたこのドキュメンタリーに興味を持っていたのだが、実際は「ニューロマンサー」さながら未知なる世界であった。「DayZ」内にあるコミュニティを取材するのだが、ほとんど戦闘シーンはない。廃墟のようなところで、たむろっていたり、ゲーム内で生成される自然の中を延々とトレッキングする様子が映し出されるのだ。その中で、子育てや仕事といった物理世界での活動やその翳りが滲み出てくる。何よりも、何千時間もゲームの世界で生活しているにもかかわらず、物理世界での知り合いや家族には知られたくないし、子どもがやろうものなら止めると回答しているののが興味深かった。『バーチャルで出会った僕ら』以上に陰鬱で混沌としていて、知らない世界に触れられた一本であった。

11位以下

11.ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい(2023)
12.西湖畔に生きる(草木人间,2023)
13.Manodrome(2023)
14.MEG ザ・モンスターズ2(Meg 2: The Trench,2023)
15.ショーイング・アップ(Showing Up,2022)
16.ポトフ 美食家と料理人(Le pot-au-feu de Dodin Bouffant,2023)
17.深海レストラン(深海,2023)
18.ブラックベリー(BlackBerry,2023)
19.キムズ・ビデオ(Kim’s Video,2022)
20.上飯田の話(2021)

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