『ブラックベリー』iPhoneに破れたBlackBerry、ユートピアまで失われていた

ブラックベリー(2023)
BlackBerry

監督:マット・ジョンソン
出演:ジェイ・バルチェル、グレン・ハワートン、ケイリー・エルウィズ、ソウル・ルビネック、リッチ・ソマー、マット・ジョンソンetc

評価:90点


おはようございます、チェ・ブンブンです。

第73回ベルリン国際映画祭コンペティション部門にあの”BlackBerry”の映画が選出された。BlackBerryとは、キーボード付き携帯電話として一時期、市場シェアの40%を占めていた元祖スマートフォンだ。しかし、iPhoneの登場により急速にシェアを落としていき、2020年には販売終了となった。高校時代の時に、父親がBlackBerry派だったため、興味はあったものの、気がついたら消滅していて驚かされた。そんなBlackBerryの栄枯盛衰劇が観られるとワクワクしていた。しかも、監督がマット・ジョンソンではないか。



日本ではまだまだ知名度が低い監督ではあるが、2013年に作られた『THE DIRTIES』が非常に面白かった記憶がある。ガス・ヴァン・サント『エレファント』と『桐島、部活やめるってよ』を足し合わせたかのような作りをしている本作は、ドキュメンタリータッチでオタクの醜悪な側面を捉えていく作品であった。彼はドキュメンタリータッチにこだわりを持っている。長編2作目である『アバランチ作戦』では、監督がエージェントとなり、アポロ計画中のNASAに潜入。ソ連のスパイを捕まえようとする様子を、60年代のフィルムの質感を持って描いていた。覗き見カメラ的アプローチで、組織政治の滑稽さを炙り出す一方で、突然始まる銃撃戦の生々しさが魅力的な作品となっていた。ビジネス系の映画は結構好きで、最近だと『AIR/エア』や『ペッツ・アウトロー』にハマった。そんなビジネス映画をマット・ジョンソンはどのように調理したのか?これが意外だ。デヴィッド・フィンチャー『ソーシャル・ネットワーク』タッチだったのである。

※Amazon Prime Videoにて配信されました。

『BlackBerry』あらすじ

The story of the meteoric rise and catastrophic demise of the world’s first smartphone.
訳:世界初のスマートフォンの急成長と破滅の物語。

IMDbより引用

iPhoneに破れたBlackBerry、ユートピアまで失われていた

リサーチ・イン・モーション(RIM)社のCEOマイク・ラザリディス(ジェイ・バルチェル)は親友であるダグラス・フレギン(マット・ジョンソン)と実業家であるジム・バルシリー(グレン・ハワートン)に携帯電話「ポケットリンク」を売り込むところから始まる。しかし、ジムを待っている間に機械を修理し始めるマイク、コミコンに遊びにいくような格好のダグラスに勝機があるとは到底思えない。当然ながら、ジムからの第一印象は最悪で、彼は片手間であしらうようにプレゼンを聞く。マイクはCEOにもかかわらず、メモをガン見しながら棒読みを始める。スティーブ・ジョブズによるiPhoneのプレゼンを知っている人であれば、この状況に思わず笑いが込み上げてくるであろう。相棒のダグラスはダグラスで、プレゼン資料をぶちまける惨事。結果は、お察しの通りだ。しかし、ダグラスは前向きだ。会社に戻ると、悲報を伝える。そして、こういう。

「いいニュースがある。今日は『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』を観るぞ!」

学生気分の抜けないRIM社では、仲間と映画を観たり、ネトゲ、ゲームボーイで遊びながら製品を作っている。「ポケットリンク」が売れなかったことで気が落ち込むことはない。ただ、社長のマイク・ラザリディスは従業員を他所に暗い顔をしていた。そんな状況下で、まさかのジム・バルシリーから電話がかかる。携帯電話「ポケットリンク」を製品化しようとするのだ。ジムは、技術者であるマイクを引き込もうとする。営業トークだけのオタクである、ダグラスには興味がない。やり手のセールスマンに言いくるめられるように、マイクは”BlackBerry”販売へと乗り出す過程で、ドンドンと地獄の扉が開かれていく。

ビジネス映画といえば、夢と熱量を持ってイケイケドンドン突き進んでいくイメージがあるが、本作は異なる。ひたすら「失敗しそうな嫌な予感」が漂うのだ。それは、マイク・ラザリディスから流れる哀愁だったり負のオーラが原因だったりする。RIM社は陰キャオタクの集まりでできた会社なため、映画パーティーするにしても『ウルフ・オブ・ウォールストリート』 のような狂乱に陥ることはない。『ゼイリブ』パーティーの場面では確かに高揚感があるのだが、完全に暴れきれていない雰囲気が流れているのである。そのため、『ソーシャル・ネットワーク』に近い質感を持った作品といえる。

そして本作が面白いところは、社会人としてはどうしようもなく、ぬるい職場だった創業当初こそが最も輝いていた切なさが描かれていることである。真面目なビジネスマンであるジム・バルシリーが経営に参入したことから、徐々に会社の雰囲気が変わっていく。それと同時に親友であったマイクとダグラスとの間、またはマイクと従業員との間に溝が生まれていく。抗うこともできず、静かにユートピアが崩壊していく痛々しさに思わず涙が出てくるのだ。

日本では中小企業で将来に向けた舵取りを行うためにコンサルタントを雇うも、一般的な業界の理論を当てはめようとしたり、金をせしめるために経営者を傀儡化したせいで、現場の空気がガラリと変わり崩壊していく状況をよく聞く。『BlackBerry』は、『THE DIRTIES』を思わせる陰惨な瞬間を捉えてしまうようなカメラワークで生々しく栄枯盛衰を描いており、滑稽で切なくて残酷な世界に胸が締め付けられたのであった。

マット・ジョンソン監督の技術力は作品を経るごとにパワーアップしている。そのうちアカデミー賞の場で輝くであろう。日本公開されることを祈る。

P.S.マット・ジョンソン監督演じるダグラス・フレギンの着ている服が映画Tシャツなのだが、多分私物だろうな。

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