【YIDFF2021】『丸八やたら漬 Komian』亡き地は思い出されない

丸八やたら漬 Komian(2021)
Pickles and Komian Club

監督:佐藤広一

評価:45点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

2021年10月7日(木)〜2021年10月14日(木)にかけて隔年開催のビッグイベント山形国際ドキュメンタリー映画祭が開催される。普段、中々話題にならない世界各国最先端のドキュメンタリーをアグレッシブに発掘している映画祭で、今までにフレデリック・ワイズマン、ペドロ・コスタ、パトリシオ・グスマン、王兵(ワン・ビン)といった作家を紹介してきた。私も2019年大会は現地に足を運び、濃密なドキュメンタリー映画体験ができたことを覚えている。

さて、2021年。山形国際ドキュメンタリー映画祭は苦境に立たされる。前年初めから始まった新型コロナウイルス(COVID-19)のパンデミックが終息せず、映画祭に襲い掛かったのだ。開催か、中止か、苦渋の決断の上、本祭はオンライン開催に踏み切った。しかし、作品数は削減され小規模なものとなった。さて、もう一つ本祭にとって悲しい出来事があった。映画祭期間中、映画関係者と映画ファンがボーダーレスに語り合える空間であった香味庵こと老舗漬物店「丸八やたら漬」が年々需要が減少している漬物のニーズ、そして新型コロナウイルスの影響で135年もの歴史に幕を閉じたのです。個人的な思い出話になるが、2019年に訪れた際の盛り上がりの消失はあまりにも辛いものがある。文化の要塞となった、香味庵の喧騒の中で、老若男女、目当ての映画、今日観た作品の感想を語り合う。何気なく話していたら、それが監督だったり映画評論家だったりする。そして気が付けば、24時。シンデレラなら一目散に解散せねばならぬ刻となる。この高揚感が楽しく、映画仲間と「2年後またここで盛り上がろう」と契りを交わした。それが果たせなくなってしまったのだ。

これは1度来ただけでもそうなのだから、現地の方の喪失感は計り知れない。そのため、今回一本の映画。「丸八やたら漬」もとい香味庵の最期を捉えたドキュメンタリーが作られ本祭のトップバッターを飾った。その名も『丸八やたら漬 Komian』だ。私も、定時で上がれるよう仕事をターミネートし、本作に挑みました。

自分の書いた前回大会レポート:山形国際ドキュメンタリー映画祭2019レポート【完全保存版】

『丸八やたら漬 Komian』概要

135年に及ぶ営みに終止符を打った老舗漬物店「丸八やたら漬」、疑問と落胆が広がる。苦渋の決断をした店主。自由な交流の場に集い支えた人々。

※山形国際ドキュメンタリー映画祭2021サイトより引用

亡き地は思い出されない

趣きあるエレベーターが昇る。白い煙も昇る中、長い間冷たき場所に眠っていた漬物は温かき水に沈み、その身体をほぐしていく。「丸八やたら漬」の職人の活動を淡々と捉えていく。しかし、135年続いていた熟成された技術の工場はカメラの目が覗き込む時には、既にシステムを終了し、冷凍された漬物を出荷するだけの業務に削減されていた。

関係者は、この歴史ある建物をどうするのか議論する。壁の一部には貝が埋め込まれていたり、こだわりの漆喰が施されていたりする。「丸八やたら漬」という身体を関係者が語り、この歴史をどのようにアーカイブしていくのか悩む。壊すのは簡単だが、作るのは難しい。人々から忘却されないよう残すことはさらに難しい。葛藤を抱えながら来たる日が近づき破壊される。

この映画始まって20分で、もう解体である。その呆気なさに胸が締め付けられる。そして映画は、香味庵と山形国際ドキュメンタリー映画祭との関係を掘り下げていく。90年代から00年代にかけての盛り上がりをキドラット・タヒミック、村川透などといった映画監督や映画祭スタッフの証言を基にモザイクを張っていく。

緊急性の高いドキュメンタリーであり、実際に作中でも更地になってしまえば事情を知らない人にとってはなんでもない場所になると言及されているほど「文化を残す」ことへの執着が感じられる。しかしながら、タイトルを「丸八やたら漬」にしている以上、フォーカスはあくまで漬物屋であるべきだったなとも感じた。ドキュメンタリー映画として観ると、漬物屋をそっちのけで山形国際ドキュメンタリー映画祭の思い出話に脱線、その主張が激しすぎる故に、本来の漬物屋の最期としての悲しさに寄り添えていない気がした。それなら、丸八やたら漬の映画と山形国際ドキュメンタリー映画祭のドキュメンタリー分けて製作すべきだと感じる。特に佐藤真監督との思い出話は、本筋から脱線しすぎである。よって面白く観つつもそこまでノレなかったというのが私の感想である。

YIDFF2021関連記事

【CPH:DOX】『ボストン市庁舎』ワイズマンが贈る崩壊する民主主義への処方箋
【東京国際映画祭】『国境の夜想曲』美は社会問題を消費させる
『最初の54年間 ― 軍事占領の簡易マニュアル』Filmarks短評

YIDFF2019関連記事

『誰が撃ったか考えてみたか?』:アラバマ物語で隠されたもの
【恵比寿映像祭/ネタバレ考察】『王国(あるいはその家について) 』鍵を握るのはグロッケン叩きのマッキー!
【YIDFF2019】『イサドラの子どもたち』継承は伝播しスクリーンの垣根を越える
【YIDFF2019】『死霊魂』ロバート&フランシス・フラハティ賞&市民賞W受賞!王兵渾身の8時間
【YIDFF2019】『インディアナ州モンロヴィア』審査員特別賞受賞!何も起きない、穢れなき地に貴方の常識は覆る
【YIDFF2019】『エクソダス』アジア千波万波奨励賞受賞!アッバス・キアロスタミ息子も凄かった件
【YIDFF2019】『理性』宗教は《理性》を失わせる
【YIDFF2019】『ラ・カチャダ』演劇は自分を客観的に見るツールだ
【YIDFF2019】『別離』《ビルハ》別れに伴う痛み
【YIDFF2019】『島の兵隊』ミクロネシアとアメリカの恐ろしい関係
【YIDFF2019】『ミッドナイト・トラベラー』優秀賞受賞!スマホは捉えた!ホンモノの難民/怒りのデス・ロードを!
【YIDFF2019】『サウナのあるところ』フィンランドサウナ × 映画企画
『ようこそ、革命シネマへ/Talking About Trees』スーダンの閉ざされた映画事情
『アリ地獄天国』日本の『家族を想うとき』から観る深淵なる地獄

※山形国際ドキュメンタリー映画祭2021サイトより画像引用