【YIDFF2019】『理性』宗教は《理性》を失わせる

理性(2018)
REASON

監督:アナンド・パトワルダン

評価:40点

かつてNHKで山形国際ドキュメンタリー映画祭(以下YIDFF)とのコラボで王兵の『鉄西区』が放送されたことがある。高校時代に、それを観て、それ以来いつかいきたいと切望していた本祭に参加しました。ただ、私は伝説的な嵐を呼ぶ男である。映画祭での台風/ハリケーン遭遇率は映画ブロガー随一であり、

2014年 ハリケーン襲来&火山噴火警戒発令内でレイキャビク映画祭参加
2018年 台風25号直撃により街が破壊されている中で参加する釜山国際映画祭

そして今、とてつもなく巨大な台風19号に襲われながら映画祭に参加している有様であります。どうやら運命は私をジョン・マクレーンだと勘違いし、ブンブンの物語を盛り上げようとしているのですが、やり過ぎです。やれやれ、勘弁していただきたいものだ。

さて、インターナショナル・コンペティションに選出された4時間のインド映画『理性』について語っていく。

『理性』あらすじ


現代インドで深刻化するヒンドゥー・ナショナリズムの拡大と宗教的な対立。その状況に理性をもって抗する人間たちの姿を記録し、テレビ映像やインターネットにアップされた動画なども活用して構成された、全8章の大作である。根強く残るカーストがもたらしてきた悲劇、不可触民や女性への差別を解消しようとする闘争は、テロや暗殺という手段で挫かれても失われず、詩や音楽の力に導かれて甦る。本作は、排他的なポピュリズムが招く危機的状況に警鐘を鳴らすストレートなメッセージを届ける。『神の名のもとに』(YIDFF ’93 IC市民賞)、『父、息子、聖なる戦い』(YIDFF ’95 IC特別賞)のアナンド・パトワルダン監督作品。
※山形国際ドキュメンタリー公式サイトより引用

宗教は《理性》を失わせる

『理性』はYIDFF常連監督アナンド・パトワルダン最新作だ。彼は40年以上に渡って、インドの政治論争をテーマにした作品を撮り続けており、インドでは上映禁止処分になったりしているものの、圧力に屈することなく活動を続けています。

アナンド監督は1970年にボンベイ大学で英文学を専攻し博士号を取った後に、奨学金でアメリカ・ブランダイス大学で社会学を専攻し、1982年にはカナダ・マギル大学でコミュニケーションの修士号を取得しました。学生時代からアクティヴィストであった彼は、反ベトナム戦争運動、ビハールの汚職防止運動等に参加したり、連合農場労働者組合のボランティアを務めたりしました。そんな彼は『神の名のもとに』で市民賞、『父、息子、聖なる戦い』で特別賞を受賞しておりYIDFFと相性の良い監督であります。

今回コンペティションに選出された『理性』は、不可触民とヒンドゥー教徒やムスリムとの軋轢を4時間かけてありとあらゆる角度から掘り下げて行くもの。

不可触民(=Untouchability)とは日本でいうと穢多・非人にあたる人々でヒンドゥー教によるカースト制度で最下位に所属する者を示している。彼らのお仕事は、下水道処理や牛の死体処理といった汚仕事にしか携わることができず、インド社会において見下され、時には暴力に晒されてしまう弱い弱い存在だ。グローバル社会となり、こういった宗教の差別的側面を是正しようとする動きに反発するかのようにヒンディー至上主義派が徒党を組んで、大規模運動を起こしている現象から物語は掘られていく。

迷信による民の統治を批判していた活動家ダボールカルやインド共産党の指導者パンサーレが暗殺される。しかし、警察官は一向に容疑者を捕まえない。そして街ではダボールカルの暗殺に怒りを示す者たちには拡声器を持ってデモをすることを抑制しているのに対し、カースト制度の維持を掲げるヒンドゥー至上主義派のデモ行進は許可され大規模に行われていく。そして、寺院の合図をきっかけにすぐさま、標的は捕らえられ、暴行される状態が横行するようになる。

その暴力の矛先は、やがて不可触民に向けられ、酷い差別や暴力に支配されるようになる。ただ、今やインターネットやテレビで、こういった陰惨な物語は広範囲に伝播し、活動家を刺激する。かつて、不可触民出身でありながら留学で勉強した知識を活かし、ガンジーと共に活動をしたDr.アンベードカルを象徴とし、彼らは立ち上がる。また大学生も、警察や巨大な宗教組織に立ち向かっていくようになる。

しかしながらこういった軋轢はどんどん過激さを増していき2008年に起きたムンバイ同時多発テロを始め、インド各地でテロが乱発するようになってしまうのだ。

監督は過激派に質問を投げかける。
「牛を食べただけで暴力を振るうのは犯罪なのでは?」
「女は生理があるから不浄?男だって射精するじゃん!それは不浄なの?」

しかし、教典に書いてあることに関しては饒舌になる者も、そういった痛いとこを突く質問をされると、詭弁で誤魔化すのだ。つまり、本作は宗教によって理性(=REASON)を失っているインド社会にメスを入れている。《SENSE》ではなく、《REASON》なのは、皆暴力を肯定するために理由(=REASON)を探しているといった要素と重ね合わせているからであろう。

ただ、本作は正直ドキュメンタリーとして上手いとは思えなかった。特に、40年のキャリアを積んでいるという情報を知っているとなおさらだ。ドキュメンタリーは劇映画以上に《何を映さないか》というところが重要だと思っている。どうしても、こういった社会問題、運動にフォーカスを当てた作品は、沢山言いたいことがあるだろうし、撮れ高も多い。しかし、全部入れてしまうと、主題が霞んでしまう。また、似たようなエピソードを並べることでクドさが増幅され、胡散臭さ、説教臭さが滲み出てしまうことにより観客を問題から遠ざけてしまうと感じている。

本作の場合、一つのことを説明する為に挿入される映像が冗長に感じた。似たような事件を数珠つなぎに並べていき、暴力の映像も似たようなものを蚤の市のように並べているだけだ。また、『ホテル・ムンバイ』の裏側がさも軋轢の暴走による終着点だと言いたげに配置されているのだが、犯人の心理や組織の動きに対する分析/批判が陰謀論的胡散臭さと誇張を帯びた証言を軽く置いているだけだったりするので、そのエピソードは必要なのか?と思ってしまう。

結局のところ2時間にまとめられたはずだし、ヒンドゥー至上主義VS不可触民、大学生VS国家という2大運動にフォーカスをあてて掘り下げたほうがよかったのではと思いました。

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