【YIDFF2019】『死霊魂』ロバート&フランシス・フラハティ賞&市民賞W受賞!王兵渾身の8時間

死霊魂(2018)
Dead Souls

監督:王兵(ワン・ビン)

評価:85点

ブンブンがドキュメンタリーに嵌るキッカケとなったのは王兵の『鉄西区』と出会った時だった。高校時代、NHKで山形国際ドキュメンタリー映画際とのコラボ企画で王兵作品を放送しており、そこで『鉄西区』を観たのだが、朽ち果てた世界の悲しさと美しさに心奪われた。と同時に、「いつか山形国際ドキュメンタリー映画祭に行きたい」と思った。それから10年後、遂に山形の地を踏んだ。しかし、史上最強クラスの台風が私を山形に着かせまいと妨害してきた。それに耐え、文字通り地を這って今回の王兵8時間マラソン『死霊魂(読み方は《しれいこん》)』の会場に足を運ぶことに成功した。

さて、王兵について語っておくとしよう。王兵は、中国を代表とするドキュメンタリー作家である。外国の監督、ジャーナリストがたどり着くことのできない中国アンダーグラウンドを、フランス等の助けを借りて製作している。常に資金不足故、劇映画が撮れず仕方なくドキュメンタリーで中国を描いているという背景があるため、彼の描く世界は毎回ドラマティックだったりする。1996年に北京フィルムアカデミーを卒業後、テレビドキュメンタリーを数本製作する。そして2003年に、かつて中国産業を支えた工業地帯の衰退を9時間かけて描いた『鉄西区』で衝撃のデビューを果たす。

彼は長い時間観客を被写体と対峙させることで、知られざる中国暗部に没入させる手法を撮っており、14時間かけてゴビ沙漠の油田労働者に迫る『原油 CRUDE OIL』(ドキュメンタリーマガジンneoneo 2018夏号 ダイレクト・シネマの現在によればたった3日で撮影されたとのこと)や3時間48分かけて中国南西部雲南省にある中国の精神施設を捉えた『収容病棟』などを製作している。

そして今回8時間かけて文化大革命時代、ゴビ沙漠にある夾辺溝、明水に「右派分子」というレッテルを貼られ再教育対象として送られた者の記憶をアーカイヴしていった。本作は2005年から2017年までに取材して得た資料を編集したものであり、『鳳鳴 中国の記憶』、『無言歌』に続く夾辺溝シリーズ最終章にあたる作品だ。

そんな『死霊魂』8時間フルマラソンに参加してきました。3時間ごとに45分の休憩がある良心タイムスケジュールになっていたので特に問題なく楽しめました。

そして驚くなかれ、というよりかは必然と言えるであろう。山形国際ドキュメンタリー映画際で大賞にあたるロバート&フランシス・フラハティ賞と市民賞の2冠を達成しました!流石に『鉄西区』、『鳳鳴(フォンミン)― 中国の記憶』と二度大賞を獲っているので、『ミッドナイト・トラベラー』あたりに譲ってもと思う気持ちはあれど、王兵が12年もの歳月をかけて積み上げていった記憶のアーカイブの物量は納得のものでした。

第30回山形国際ドキュメンタリー映画祭(2019)受賞結果

インターナショナル・コンペティション

審査員:オサーマ・モハンメド(審査員長)、ホン・ヒョンスク、サビーヌ・ランスラン、デボラ・ストラトマン、諏訪敦彦

【ロバート&フランシス・フラハティ賞(大賞)】
・『死霊魂』監督:王兵

【山形市長賞(最優秀賞)】
・『十字架』監督:テレサ・アレドンド、カルロス・バスケス・メンデス

【優秀賞】
・『ミッドナイト・トラベラー』監督:ハサン・ファジリ
・『これは君の闘争だ』監督:エリザ・カパイ

【審査員特別賞】
・『インディアナ州モンロヴィア』監督:フレデリック・ワイズマン

アジア千波万波

審査員:楊荔鈉(ヤン・リーナー)、江利川憲

【小川紳介賞】
・『消された存在、__立ち上る不在』監督:ガッサーン・ハルワーニ

【奨励賞】
・『ハルコ村』監督:サミ・メルメール、ヒンドゥ・ベンシュクロン
・『エクソダス』監督:バフマン・キアロスタミ

【市民賞】
・『死霊魂』監督:王兵(ワン・ビン)

【日本映画監督協会賞】
・『気高く、我が道を』監督:アラシュ・エスハギ

受賞結果総評

まあ、順当に受賞といった感じでしょう。王兵とワイズマンの力強さにはなかなか新鋭監督は歯が立たないもの。『ラ・カチャダ』や『理性』といった、長い時間かけて魂をぶつけた作品もあったが、『死霊魂』の12年を8時間に積み込み、観客に強制的に没入させるチートには勝てるわけがありませんでした。それでも、『ミッドナイト・トラベラー』の《スマホ》という代物がドキュメンタリーにおいて最強の武器であることを証明し、優秀賞に輝いたのは嬉しいところ。YIDFFの常連監督だけに賞を与えないところに、映画祭としての意志を感じさせました。

ノーマークだった『十字架』や『これは君の闘争だ』はいつか観てみたいなと思いました。

個人的に注目しているのは奨励賞を受賞した『エクソダス』。アッバス・キアロスタミの息子という下駄を履かせなくても、十分ドキュメンタリー作家として鋭い視点がありました。被写体に許可を取らずして撮影するという倫理違反をしているのだが、それをしないと撮ることのできない不法移民をコントロールするイミグレーションの姿をワイズマンに劣らないユーモラスでキレッキレな繋ぎで描く快作でした。これは日本公開してほしいし、なんならドキュメンタリー映画を学ぶ者全員に観てほしい問題作である。

会場の様子

別の記事でしっかり会場周りのリポートを書こうと思うのですが、取り敢えず軽く『死霊魂』上映会場である山形市民会館大ホールをリポート。山形駅から徒歩10分のところにある山形市民会館大ホールは収容人数1202席と非常に大きい。

尚、小ホールとは内部では繋がっていないので、《CL》と書かれた扉から入りましょう。

入り口で、事前に購入しておいた10枚券(7,500円)を引き換えます。山形国際映画祭が賢いところは、敢えて座席指定、ネット予約にはせず、全て紙チケット&自由席にしているところ。ネット予約にしてしまうと、システム構築等で予算がかかってしまい、2年に一度の映画祭だと割に合わない。寧ろ、工数手間がかかってしまうので、時代に逆行する形ではあれど紙チケット&自由席方式にした方が、ハイクオリティな映画を集めたりイベントを盛り上げるのにコストを費やすことができる。ここは評価したい。

入り口ではマルシェが開催されており、ドキュメンタリー映画に関する貴重な資料、YIDFF過去回パンフレット入手することができます。

YIDFFは応援したい映画祭、故にできるだけお金を落としたいと思い、幾つか資料を購入しました。アフリカ映画好きとして、アフリカのドキュメンタリーに関する資料をまず手にし、neoneoのマガジン《ダイレクト・シネマの現在》を購入しました。王兵やフレデリック・ワイズマン、ボブ・ディランのドキュメンタリー『ドント・ルック・バック』などに関して重厚な理論を展開したもので、映画分析のよき手本となりそうなので手にしました。あとはパンフレットも買った。

会場は一般的な公会堂といった感じ、飲食禁止なので長丁場を耐えるには結構過酷なのですがそれは致し方がない。実はこの会場のアリーナ席は最前列だったりします。最前列は敬遠されがちですが、寧ろ王兵のようなラスボスを迎え撃つには最適の場所でした。最前列中央で、メモ片手に、「一生に一度しか観られないのだから、全てを目に、メモに焼き付けておこう!」と挑みました。

『死霊魂』概要


1950年代後半に起きた中国共産党の反右派闘争で粛清され、ゴビ砂漠の中にある再教育収容所へ送られた人々。劣悪な環境のなか、ぎりぎりの食料しか与えられずに過酷な労働を強いられ、その多くは餓死した。王兵(ワン・ビン)監督は『鳳鳴フォンミン― 中国の記憶』(YIDFF 2007大賞)と初長編劇映画『無言歌』(2010)で描いたテーマを追い続け、8時間を超える証言集にまとめあげた。生き抜いた人々が語る壮絶な体験と、収容所跡に散乱する人骨の映像から、忘れ去られた死者の魂の叫び声が聞こえてくる。
※山形国際ドキュメンタリー映画祭サイトより引用

中国のチチコフが木霊する

さて、そんな8時間の超大作は、被写体が持ち時間20~40分で自分のサバイバル生活を語っていく内容となっている。クロード・ランズマンの作品同様、写真や過去映像にできるだけ頼らず、強烈な証言だけを提示することで、観客の脳裏にヴィジョンを焼き付けるものとなっている。そして同じく今年最強の尺を持っている『サタンタンゴ』と比べると、目まぐるしい情報量で駆け抜けていくので然程苦痛を感じませんでした。

第一部では、1957年反右派闘争によって夾辺溝や明水に送られた者の時代を、無知な者が全体像を把握できるようにエピソード配置する。当時の中国は、完全な階級社会で、上司の言うことは絶対であった。何かをするにしても権力が必要とされている時代だった。政府は百家争鳴をスローガンとし、「中国共産党に対する批判を歓迎する」という姿勢をとっていたが、それは反抗的な知識人を炙り出す為に使われ、学校教師や哲学者、医者といった人が次々「右派分子」とレッテルを貼られ、突然家族に十分別れを言う時間すら与えられずに夾辺溝へ送られた。

夾辺溝や明水は、不毛の地であり、食物は全く育たない。また、物資配給が極端に少なく、1日250gの僅かな食材しか与えられない状態で肉体労働に従事する必要があり、最初は1日数人餓死していたのが、最終的に1日数十人規模の餓死者を出す結果となった。ツゥオ・ゾンホウの証言によれば、乾燥土に茣蓙を引くレベルの寝床で、朝はとても寒いとのこと。ある日、役者で同居人のリー・ディオティンを起こそうとしたら、冷たくなっていたとのこと。

生き残った人の多くは料理人だったりする。料理人は、監視員の目を盗んで組織ぐるみでつまみ食いを行い、なんとか生命を維持していた。『鳳鳴 中国の記憶』でも、飢えに耐えきれず、台所に盗みに入る場面があるが、料理人はそのリスクを冒す必要がないので生存率が上がったと考えることができる。そして、食料にもランクがある。レンゲ2杯で満腹になる《麦こがし》は、食料の中で最高ランクのアイテムだ。次いで、ヨモギの葉やナツメの花をすり潰して食べていた。中には、上司に植えるよう言われていたヒマワリのタネなんかも食されその結果、ますます沙漠に作物が実らなくなったり、亡くなった人の内臓や自分の尿を口にしたという酷い状況が物語られたりする。そして皆、口を揃えて言うのが、「ヒエの皮はヤバい」とのこと。便秘になり、棒で肛門から便を掻き出さないといけないとのこと。こうまでして図太く食料にありつかないと、体全体がムクれあがり、かと思うと骨と皮だけに萎んだりと身体に変調をきたし、立って動くこともままならなくなるのだそう。倫理観が、道徳がなんていってられないのです。

明水に乱雑に放置されている頭蓋骨類を調査する、第一部の人物たちと記憶の間からアッセンブルする鳳鳴の記憶の感動的なオープニングから始まる第二部は、まるでマーティン・スコセッシ映画のような饒舌さでもって各々の物語が紡がれる。そして、エピソードの随所で3時間以上積み上げられていった物語の断片が伏線として繋がっていく。それによって、中国史を知らぬ者であっても、強烈に惨状が脳裏に焼きつくこととなる。

哲学教員から夾辺溝に送られ、人肉食いを目撃した男がやがて町医者に転身するまでの数奇な人生、中国の『大脱走』と言わんばかりのジャオ・ティエミンの何度絶望の淵に立たされても立ち上がる逃走劇など次々と迫り来る物語に熱くなっていく。

そしてクライマックス第三部では、故郷に残された者や再教育プログラムを行う側の視点からさらなる肉付けが行われる。

「貴方だったらどうする?倫理的に行動できるのか?」

という問いが木霊し、明水に無数に並ぶ骸を前にカメラは死霊魂を成仏していくのだ。彼12年の集大成は、ニコライ・ゴーゴリの『死せる魂』で狡猾に生き延びていくチチコフさながらの物語を持つ、生き残り達の微かな言葉によって見事あの時代の惨状アーカイブすることに成功した。

若干、後半失速した感じはあれど、素晴らしい作品でした。
また、山形に地を這って訪れた甲斐がありました。

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