【東京国際映画祭】『マンティコア 怪物』内なる聖域としての仮想世界

マンティコア 怪物(2022)
Manticore

監督:カルロス・ベルムト
出演:ナチョ・サンチェス、ゾーイ・ステイン、アルバロ・サンス・ロドリゲスetc

評価:90点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

第35回東京国際映画祭コンペティション部門にて上映されたカルロス・ベルムト監督最新作『マンティコア』。仮想世界を扱った作品と聞いていたので期待していたのですが、想像以上に面白いアプローチの作品であった。ここ最近はメタバースやVTuberといった仮想世界に関する興味が高まる中、映画でその手を使ってきたことに感動を覚えた。ということで書いていく。

※2024/4/19(金)より邦題『マンティコア 怪物』で公開決定!

『マンティコア』あらすじ

『マジカルガール』(14)でサンセバスチャン国際映画祭最優秀作品賞を受賞したスペインの俊英カルロス・ベルムトの最新作。ゲームのデザイナーとして働く若い男性とボーイッシュな少女との恋愛の行方を描く。

※第35回東京国際映画祭サイトより引用

内なる聖域としての仮想世界

ゲーム用のクリーチャーをデザインする男は作業をしていると、少年の叫び声が聞こえる。火災に巻き込まれていることを知った彼はなんとか少年を救助するも、心にモヤモヤが残ってしまい作業にノイズが入ってしまう。そのノイズを振り払うようにVRゴーグルを被り、火災現場にいた少年を作り出すが、罪意識からそれは廃棄する。そんな彼の前に女が現れ、肉体関係を結んでいく。

本作は、クリエイターにおける創造の階層を3層から4層に増やす視点をもたらしているところがユニークだ。我々が想像しうる「創造」とは大きく分けて3層に分かれる。

1.脳裏に浮かぶもの→見ることも、触れることもできない
2.PC等のディスプレイ上に現出させたもの→見ることはできるが、触れることはできない
3.紙などといった物理的なものに落とし込んだもの→見ることも、触れることもできる

ゲームデザイナーの男はディスプレイ上に絵を描くことで、自分の脳裏に浮かんだものを他者に見せることができる。世界を創り提示するのが仕事だ。しかし、火災をきっかけに芽生えてしまった少年に対する欲望。これは他者に提示することはできない。しかし、脳裏に浮かんだものを見たい、触れたい。彼は紙にイラストを書くが、これは誰かに見られてしまう可能性がある。ではディスプレイ上はどうか?これも誰かが部屋に入った時に見られるかもしれない。誰にも見られず、内なる世界で、自分だけが見て触れる空間はないのだろうか?

本作では4番目の層として「VR」を提示し検討している。これはデヴィッド・クローネンバーグ『ステレオ/均衡の遺失』における、テレパシーが当たり前となった世界で、他者からの干渉から守るために本心を別の箱に隠す理論の具体例ともいえる。そして映画は、VRゴーグルを被った男の仕草しか映さない。これにより、最終的にどんな世界ができあがったのかが分からないものとなっている。映画を観る我々はある種、神の目線で登場人物の生き様を観測する。その眼差しを回避し、本人だけが知る欲望の具現化、それも脳裏に浮かぶ曖昧な状態から解き放たれたものとして描くこの場面は慧眼といえる。

映画はそこから肉体的な男女関係へと移る。互いに脳裏に浮かぶイメージは異なる。そんな中で、肉体的手触りを通じて内面を知ろうとする。しかし、内面に向き合うことは見たくないものとも折り合いをつけることだ。男は一度具現化し、捨てたはずの欲望と対峙することとなる。欲望の聖域は果たして本当に他者からの干渉から逃れられるものなのだろうか?

本作はVRゴーグルを通じて語る現代のフィルム・ノワールといえる。運命の2人によって欲望が顕となり、破滅していく。気がつけば、聖域に封印していた欲望が物理世界を侵食しマンティコアになってしまう。そんな世界を描いていたのだ。

なお、本作で語られる映画とゲームの体験の差について興味ある方は松永伸司「ビデオゲームの美学」を読むことをおすすめする。

P.S.主人公の着メロが「魔界村」のBGMなのはツボであった。

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※第35回東京国際映画祭サイトより画像引用