【ネタバレ考察】『偶然と想像』濱口竜介、3つの教訓話

偶然と想像(2021)
Wheel of Fortune and Fantasy

監督:濱口竜介
出演:古川琴音、中島歩玄理(玄里)、渋川清彦、森郁月、甲斐翔真、占部房子、河井青葉etc

 

評価:60点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

今年は濱口竜介が無双した年である。第71回ベルリン国際映画祭で審査員グランプリ(『偶然と想像』)、第74回カンヌ国際映画祭で脚本賞(『ドライブ・マイ・カー』※大江崇允と共同脚本)を受賞、現在カイエ・デュ・シネマを始め多くの映画媒体が『ドライブ・マイ・カー』か『偶然と想像』、または両方を年間ベストに選出している状況である。日本では少し遅れて『偶然と想像』がBunkamuraル・シネマにて公開された。濱口竜介監督が短編映画でも切れ味抜群な技巧を発揮できることは『天国はまだ遠い』で証明済観である。実際に観てみると、非常に意欲的な作品であった。また、第71回のベルリン国際映画祭のイルディコー・エニェディやナダヴ・ラピド、モハマド・ラスモフなどといった審査員の感性が本当に良く、金熊賞に『アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ』、審査員賞に『Mr. Bachmann and His Class』、脚本賞にホン・サンス『Introduction』、そして芸術貢献賞に『コップ・ムービー』を選んでいるのが凄いなと感じた。カンヌにはない鋭さだ。

閑話休題。今回は『偶然と想像』に関してネタバレありで考察していく。

『偶然と想像』あらすじ

「ハッピーアワー」「寝ても覚めても」の濱口竜介監督初の短編オムニバス。2021年・第71回ベルリン国際映画祭コンペティション部門に出品され、銀熊賞(審査員グランプリ)を受賞した。親友が「いま気になっている」と話題にした男が、2年前に別れた元カレだったと気づく「魔法(よりもっと不確か)」。50代にして芥川賞を受賞した大学教授に落第させられた男子学生が逆恨みから彼を陥れようと、女子学生を彼の研究室を訪ねさせる「扉は開けたままで」。仙台で20年ぶりに再会した2人の女性が、高校時代の思い出話に花を咲かせながら、現在の置かれた環境の違いから会話が次第にすれ違っていく「もう一度」。それぞれ「偶然」と「想像」という共通のテーマを持ちながら、異なる3編の物語から構成される。

映画.comより引用

「魔法(よりもっと不確か)」:ホン・サンスズームは虚実を超える

撮影が終わる。モデルの芽⾐⼦(古川琴⾳)は、親友のヘアメイクのつぐみ(⽞理)とタクシーに乗り他愛もない話をする。つぐみは好きな男がいるらしく、顔を赤くしながら恋情を吐露する。じゃあねとつぐみと別れる芽⾐⼦。そのままタクシーに乗り、進んでいくと急に「運転手さん、来た道を戻ってください。」と語り再び高速道路を走り出す。彼女はオフィスについた。そこには男一人、女一人いる。男は「あとはいいよ。帰ってくれ」と彼女に言い、芽⾐⼦と対峙する。実はつぐみの好きな男は芽⾐⼦の好きだった男だったのだ。のらりくらりと会話をズラす男、執拗に選択を迫る芽⾐⼦の会話。果たして二人は今も愛し合っているのかを探るうちに、今の自分の内面にあるのは恋か憎しみかがわからなくなっていく。

本作はホン・サンスズームが使われている。ホン・サンスズームはいわば特許のようなもので、一般的には彼にしか使えない。言い方を変えれば、ホン・サンス以外が使うとダサくなる可能性が高い技法である。しかし、濱口竜介監督は撮影監督の飯岡幸子と共に挑戦してみた。単に、グッと寄るだけではない。そこに技巧を加えた。芽⾐⼦とつぐみがカフェでお茶をしていると、あの男が通りかかって気まずい3人のお茶会が始まってしまう。そこで芽⾐⼦が真実を語り、二人を引き裂く。二人が立ち去るとカメラが芽⾐⼦に寄る。しばらくするとカメラが引き、なんと二人が席に座っている。虚構から現実に戻る様子をノーカットで演出する。そこにホン・サンスズームが使われているのだ。序盤は、「これ小説で読みたかった。自分で行間を想像し、言葉を噛み締めながらページを繰りたかった。」と思ったのですが、ここに来て映画的ショットが繰り出された。本作はこんな調子で残りも後半の一撃必殺に注力されている。

「扉は開けたままで」:ヒッチコックサスペンスは官能小説の朗読に委ねられた

『ドライブ・マイ・カー』で棒読み演技をさせる場面があるが、本作は後半の感情の爆発に備えて渋川清彦の魂を失った語りが空間を制御している。芥川賞を受賞した作家・瀬川(渋川清彦)。彼の前にファンの女・奈緒(森郁⽉)が現れる。彼女はゼミ生である佐々⽊(甲斐翔真)が復讐の為に仕向けた女であり、ハニートラップにひっかけようとしている。扉が開いた状態で、瀬川の小説を読み始める奈緒。しかし、その部分は官能的な場面だ。カメラは扉の外側/内側から奈緒そして瀬川を撮る。扉の外側では生徒が行き交う。生徒の声が響く。その中で淡々と官能的なワードが語られていくのだ。舐めるように扉を締め、瀬川を誘惑する奈緒だったが、何故か彼は扉を開ける。これは朗読をやめさせようとしているのか?それとも他の生徒に聞かれているのかもしれない背徳感に浸っているのだろうか?ハニートラップにかける側の奈緒に焦りが出てくるのだ。

そして真実は語られた。しかし、思わぬ返しが来る。

「そのデータ私にくれませんか。こんな体験は滅多にない。」

真実を知っている観客がハラハラドキドキしながら悪趣味な駆け引きを行う様子を見守るヒッチコック『ロープ』スタイルな本作は、終盤にかけて思わぬ方向へと転がり始める。偶然現れた女性との、興奮する出来事。その体験を壊さないようにグッと堪えていた瀬川が、真実が明らかにされると共にグッと親密さが深まり感情を覆い隠せなくなった時の爆発が素晴らしい。これは渋川清彦のパワフルな演技による宝石ともいえる。

そして意地悪にも、音声メールが「セガワ」ではなく「サガワ」に届いたことで破滅する。ハニー・トラップは成功してしまう。ファム・ファタールの骨格は乱さないところにきめ細かさがあるのだ。

「もう⼀度」:SF要素はいらない、エリック・ロメールタッチのレズビアン映画でよかったのでは?

なんと本作はSFだ。コンピュータウイルスによってインターネットが遮断された世界。同窓会でかつて愛した女に出会えず落ち込んでいた夏⼦(占部房⼦)はエスカレーターでばったり再会する。家にまで上がることになった彼女は思い出話をしようとするがなんだか様子がおかしい。実は彼女は赤の他人だった。あや(河井⻘葉)との対話を通じてあの頃の愛、失われた時を取り戻していく。エリック・ロメール映画のように、部屋の中で他愛もない会話をすることで人と人との関係が変化していく面白さを追求した作品。そして本作は女性同士の愛を深掘りしたいわゆるレズビアン映画だ。だったら、ストレートにそれを行えばよいのに、コンピュータウイルス蔓延というSF要素がノイズとなってしまう。職業柄、「これだけヤバイウイルスなら、家に電話機やテレビが平気で映ってしまうのは良くないのでは?信号は?ブルーレイはいいの?」と思ってしまう。しかも、手紙でのやりとりとIT技術を使ったコミュニケーションの差が言及されていないので、結局意味をなしていないように見える。その要素を抜いても成り立つ話なのは明確だ。

また、このパートでも感情が高まる場面でホン・サンスズームが使用されているが、これは単に真似ただけで下品に感じてしまった。ホン・サンスズームを安易に使うと事故る典型的なパターンである。

最後に

結局、どのパートも終盤の一撃必殺のために会話があるという感じであり、人と行間を想像しながら偶然の面白さを堪能するのには小説のフォーマットが適していたのかなと思ってしまった。棒読み演劇調のセリフ、シンプルながらそこに深みや哲学がある感じ、ここに村上春樹やマルセル・プルーストの面影を感じたのである。

ところで、濱口竜介監督、「スワンの恋」の日本版作らないかしら。

「私は、なにかにつけ両親にスワンの名を言わせるように仕向けた。確かに私は心のなかでたえずその名をくり返していたが、やはりその甘美な響きを耳にしたい、黙って読むだけでは充分に味わえない音響を奏でてもらいたいと思ったのである。」

ここ、濱口竜介っぽいのですよ。

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※映画.comより画像引用