【ネタバレ考察】『アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ』ハリボテのマスクは、アバターを現実に引き摺り出す

アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ(2021)
英題:Bad Luck Banging or Loony Porn
原題:Babardeala cu bucluc sau porno balamuc

監督:ラドゥ・ジュデ
出演:Katia Pascariu、トゥドレル・フィリモン、クラウディア・イェレミア、Olimpia Malai、Ilinca Manolache etc

評価:100点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

イメージフォーラム・フェスティバル2021でルーマニア・ニューウェーブの鬼才ラドゥ・ジューデの新作『アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ』が上映された。本作は第71回ベルリン国際映画祭で最高賞である金熊賞を受賞しており、またコロナ禍を扱っていることで話題となった作品だ。当ブログでも『THE DEAD NATION』、『UPPERCASE PRINT』を紹介し、監督のユニークな演出に驚かされてきたわけですが『アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ』それらを遥かに超える進化を魅せてくれました。尚、ネタバレ考察記事です。

『アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ』あらすじ

セックス映像がネットに流出し、保護者たちの非難の矢面に立たされる 教師エミ。しかし彼女は決して負けるつもりはなかった……。裁判映画 のコメディーと、不適切さについてのエッセイ・フィルム、コロナ・パンデミ ック下のブカレストの街角を撮影したドキュメンタリーなどの要素が大胆 に構成される。ポルンボイュと同様に国際映画祭で高く評価されながら 日本で紹介の機会がほぼなかったラドゥ・ジューデの2021年作品。

※イメージフォーラム・フェスティバル2021サイトより引用

ハリボテのマスクは、アバターを現実に引き摺り出す

2020年、新型コロナウイルス(COVID-19)がパンデミックとなり世界を混乱に陥れた。ライフスタイルが根本的に変わり、映画製作も以前のようにいかなくなった一方で、コロナ禍を映画にどのように反映するのかが議論されていった。リモート撮影を行ったりしていたが、表面的な表現から一歩抜けた作品はなかなか現れなかった。傑作『ドライブ・マイ・カー』ですらコロナ禍の描写は取ってつけたようなものだった。

しかし、『アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ』は違った。強烈なポルノ動画が延々と流れる。この映像がインターネット上に拡散され、その火消しを行う必要に迫られた教師エミ(Katia Pascariu)は街を歩く。コロナ禍初期だからだろうか、顎マスク、鼻マスク、ノーマスクとマスクが意味を成していない人が散見される。エミ自身も、街を歩く時は顎マスクをしている。そんな彼女の移動をひたすら抽出する。彼女がスーパーへ、家へ、学校へ向かう道中を覗き見するようにカメラが追うのだが、時折その目線は脱線し、卑猥な意味が滲み出る広告や、裸の彫像を捉えていく。インターネットにポルノ動画が流出したが、町中にも隠れた猥雑さがあると言いたげである。そんな第一部が終わる。我々は、保護者とのバトルシーンを期待するが、第二部ではゴダールのようにサンプリングの洪水が延々と展開され、観る者を困惑させる。

辞書的に、「イエス・キリスト」、「本棚」、「文化」などとテロップが表示され、それにまつわる小噺、情報が字幕で表示される。その並びは脈絡がないように見えるがじっくりその流れを追っていくと、革命の動画と、REVOLUTIONと書かれたワインが立て続けに並べられ、商品として革命が消費されている様子への風刺が確認できる。この奇妙なTikTokさながら短い時間で流れていく映像たちは、第三部を通して力強い意味を帯びていく。

最終章である第三部では、エミと保護者たちの学校内裁判となっている。第一部では顎マスクしている風景が映し出されていたが、ここでは皆オシャレマスクを装備しており、コミコンのようなコスプレ大会となっている。裁判が始まるのだが、男たちは正論を盾にエミのポルノ動画を皆で観始める。動画視聴中に携帯がなると、「上映中の携帯電話はおやめください」と映画館のアナウンスをオマージュしていく。軍服を来た男はいやらしくバナナを食べる。女の保護者は、自分の方がセックス経験で上手だとマウントを取る。段々、「不思議の国のアリス」の裁判のようによくわからない裁判になってくる。問題から逸脱して脱線しまくり、裁判が無意味なようなものになっていくのだ。

これを踏まえると驚くべきことが浮き彫りとなる。本作はSNSの痛烈な風刺だったのだ。人々はSNSの中では仮面を被り、好き放題言い合っている。議論しているようで議論していない様子が第三部なのである。そこから振り返ると、第二部はTwitterのタイムラインのようにランダムに膨大な情報が流れ、一貫性がないように見えるが微妙に関係していたり、政治的主張が段々と刷り込まれていく様子が再現されている。ショッキングな映像もSNS的映像の切り抜きと言えよう。

第一部で提示される、正しくないマスクの付け方はSNSで自分を着飾っている人が現実では油断している様子を示唆している。また、現代人がSNSでの洪水に呑まれる中で現実の街に隠れている歴史やらメッセージ、路傍の花に気づけず、与えられた情報を受動的に引き受け、反射的に自分の感情を炸裂させていることを批判しているのだ。

本作には3つのエンディングが用意されている。エミが残留するエンディング、エミが学校を去るエンディング。そして、彼女がヒーローに変身し、イチモツの剣で保護者を成敗するエンディング。その3つ目のエンディングを持って、この奇妙な風刺劇を痛快に締める。

『THE DEAD NATION』で写真のスライドショーでルーマニア史を語り、『UPPERCASE PRINT』ではアーカイブ映像と語りで凄惨な事件を掘り下げた。そこからこんな映画が誕生するとは驚きである。

今年ベスト候補の作品でありました。

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※映画.comより画像引用