理大囲城(2020)
原題:理大圍城
英題:Inside the Red Brick Wall
監督:香港ドキュメンタリー映画工作者
評価:採点不能
おはようございます、チェ・ブンブンです。
山形国際ドキュメンタリー映画祭2021大賞を獲った作品は香港民主化デモにおける香港理工大学籠城事件を内部から捉えた『理大囲城』だった。匿名の監督たちによる作品より、本作には監督が実質存在しない。現地では上映できず、日本公開も非常に難しいとのことなので、最終日の臨時上映に駆けこみました。本作に採点をつけるような真似は私にはできない。だが、多くの方に観て欲しいので、FilmarksとTwitterのみ★5をつけることにしました。
『理大囲城』概要
一国二制度が急速に揺らぐ香港。2019年11月、民主化を求めるデモ隊は重装備の警察によって大学構内に包囲された。粗暴で狡猾な権力機構にねじ伏せられる若者たちの憔悴や不安を、匿名の監督たちが克明に捉える。
※山形国際ドキュメンタリー映画祭より引用
籠城戦で壊れていく学生たち
CPH:DOXで観た黄色いベスト運動ドキュメンタリー『Un pays qui se tient sage』もそうだが、昨今のデモドキュメンタリーは恐ろしいほど至近距離で、権力と市民の軋轢が捉えられている。警察官が市民に暴力を振るう様子を、間近で捉えておきながら、警察はカメラを取り上げて破壊しようとしない。手でたまに覆い、「邪魔だ」と言うだけなのが奇妙だ。単に、撮影できたものが我々に提示されるだけで実際には多くのカメラが破壊されているだけなのかもしれない。あるいは、警察がカメラを破壊する様子がネットに出回ったら非難轟々となるからやらないだけかもしれない。それにしても、2015年以降暴力的になっていく世界に伴い、こうしたドキュメンタリーで提示される暴力は至近距離で強烈なものを感じる。
香港民主化デモを捉えたドキュメンタリーといえば昨年末に話題となった『香港画』や第93回アカデミー賞短編ドキュメンタリー映画賞にノミネートされた『DO NOT SPLIT/不割席』が記憶に新しいが、本作は更にデモの深部に入り込む。
大学が要塞と化し、橋を占拠して攻防戦が繰り広げられる。警察の攻撃は激しい。防壁の後ろで、警戒している学生のところにコロンと音がする。まるでアクション映画のように催涙ガスが落ちてくるのだ。刹那、観ている方がその存在を認知し「あっ」と一呼吸入れる前に、学生たちは煙を消そうとする。それだけ学生たちの感覚は研ぎ澄まされているのだ。
だが、長期に渡る籠城によって学生たちの間に疲弊が積もり、大学から脱出を試みる者、警察に白旗を挙げて保護される者が出てくる。一方で、意地でも革命を成功させようと学校に残ろうとする者、人々を鼓舞する言葉を投げかけ革命の火を灯し続けようとする者との間で分断が発生し、泥沼化してしまう。
映画やジャンプ漫画で見るような激動がそこに存在し、観る者を部外者から当事者へと引き摺り込むのだ。
「ここにいる者は皆、遺書を書いているんだ。」
と聞かされた時、なんて酷い決断をしなければいけない状況になってしまったんだと吐きそうになった。そして泣きながら、叫びながら壊れていく学生を前にデクの棒としてしか機能しない先生の無力さに辛くなった。
これは日本で公開されてほしい。
橋の向こうで遠巻きに見ている野次馬に我々はなってはいけないのである。
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※山形国際ドキュメンタリー映画祭より画像引用