【 #サンクスシアター 18】『息を殺して』息を殺して生きる者の微かな愉しみ

息を殺して(2014)

監督:五十嵐耕平
出演:谷口蘭、稲葉雄介、嶺豪一、足立智充、原田浩二、田中里奈、稲垣雄基、あらい汎etc

評価:85点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

ダミアン・マニヴェルと組んで『泳ぎすぎた夜』を撮った五十嵐耕平監督過去作『息を殺して』がサンクスシアターにあったので観ました。よくある日本閉塞感モノで本来私との相性は最悪なハズですが、これがとんでもなく凄い作品でした。

『息を殺して』あらすじ

諏訪敦彦や黒沢清に師事し、大学在学中に手がけた初長編「夜来風雨の声」が海外で高い評価を 受けた五十嵐耕平監督の東京藝術大学大学院修了作品。憲法が改正されて国防軍も創設され、東京オリンピックを約2年後に控えた2017年12月30日。ゴミ処理工場に一匹の犬が迷い込む。事務のタニちゃんは犬を探すが見つからない。夜勤を終えたケンはこの日非番のゴウとテレビゲームで遊んでいる。足立さんは帰ろうとせず、ヤナさんは新年の飾り付けに勤しんでいる。工場で働く彼らは、それぞれ同じような問題を抱えていた。妊娠、不倫、家族、戦争で死んだ友達。そんな中、足立さんとの不倫関係に思い悩むタニちゃんだったが、いつしか既に死んだはずの元工場長の父親が、この場所にいるのではないかと感じ始める。

映画.comより引用

息を殺して生きる者の微かな愉しみ

2010年代の日本インディーズ映画は「会話劇」「閉塞感もの」「黒沢清再解釈系」に集約できると考えている。会話劇系は2010年代、色んな監督が挑戦し、濱口竜介、今泉力哉、瀬田なつき、山戸結希と天才が現れ道を示したからあまり心配していない。 ロメール、ジャームッシュ、サンスを多少真似ても、自分の理論が確立されていれば面白い映画になりやすい土壌はできているんじゃないかなと思う。

一方で、閉塞感ものはキネマ旬報ベスト・テンをみると御察しの通り、自分不幸ですアピールをどんよりとした灰色のキャンバスに塗りたくっていれば高評価もらえる傾向があり、社会問題にあぐらをかき過ぎだと思っている。叫べばいいもんじゃない。黒沢清系は、どうも映画学校ではやたらと黒沢清を持ち上げる傾向があり、それのフォロワーともいえる禍々しい雰囲気醸し出し映画をチラホラ見かける。ただ、黒沢清映画があまり好きではないので刺さることは少ない。

さて、『息を殺して』は私の苦手な閉塞感ものと黒沢清再解釈ものが悪魔合体した映画である。東京五輪の足音が聞こえてくる日本を舞台に、ゴミ処理工場で未来を見出せない者たちの人生を描くいかにもという内容だ。そして、御察しの通り、黒沢清的陰影表現があり、灰色のキャンバスに映画が塗られている。録音状態が悪く、日本映画なのに聞き取れない箇所も少なくない。

でも、他のサンクスシアター映画との格の違いを観た。

仄暗い空間。壁を盾に死角が生まれる。映画は神の視点であることを強調するように、工場に迷い込んだ犬が映り込む。そして、これが登場人物を動かすマクガフィンとして機能する。

帰る場所がなく、夜な夜な謹賀新年パーティーの準備をするおっさんが映し出される。カメラがじっくりと前進すると、おっさんがボールをぶちまける。ただ、それに怒ることなく淡々と作業をする。パーティという華やかさとは裏腹に、どんよりとした灰色の空気がそこに流れている。

別の作業員は、妻に電話をする。すると「ふざけているの?もう帰ってこないで」と言う。

ガランとしたオフィスで、男たちがサッカーゲームを持ち寄り遊ぶ。そこに、女性社員も加わる。彼らには、未来という概念はないく、ただひたすらに虚無の時を過ごしているようだ。東京五輪という華やかな場所とは裏腹に、希望もなくただ毎日が過ぎ去っていく。そういった人の肖像を映画的に捉えている。

虚無に生きる者にも微かな愉しみはある。廊下で追いかけっこしたり、暗闇でボールを投げたりする。何気無く「明日サバゲー行きたい」と女性社員が言うと、「行く?」を恥ずかさと嬉しさ混じった笑みを浮かべる男、そしてガランとしたゴミ収集所がサバゲーの会場になり、彼女は踊り始める。彼女のダンスは、心象世界だろう。抑圧された世界にある微かな喜びを唐突に表現している。このお茶目さも映画の魅力に繋がっている。

不思議な映画ではあるが、映画を観ている快感を癒してくれました。

※映画.comより画像引用

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