【ネタバレ考察】『花束みたいな恋をした』モラトリアムな思い出、色をつけてくれ!

花束みたいな恋をした(2021)

監督:土井裕泰
出演:菅田将暉、有村架純、清原果耶、細田佳央太etc

評価:85点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

有村架純と菅田将暉の純愛ドラマ『花束みたいな恋をした』が今Twitterで話題となっている。単に俳優のファンだけではなく、コアな映画ファンも褒めていたりする。どうも通俗な恋愛ドラマに見せ掛けて、『ブルーバレンタイン』のような辛辣なドラマに仕上がっているとのこと。脚本家は『東京ラブストーリー』の坂元裕二。というわけでTOHOシネマズ海老名で観てきました。ネタバレありで書いていきます。

『花束みたいな恋をした』あらすじ


「東京ラブストーリー」「最高の離婚」「カルテット」など数々のヒットドラマを手がけてきた坂元裕二のオリジナル脚本を菅田将暉と有村架純の主演で映画化。坂元脚本のドラマ「カルテット」の演出も手がけた、「罪の声」「映画 ビリギャル」の土井裕泰監督のメガホンにより、偶然な出会いからはじまった恋の5年間の行方が描かれる。東京・京王線の明大前駅で終電を逃したことから偶然に出会った大学生の山音麦と八谷絹。好きな音楽や映画がほとんど同じだったことから、恋に落ちた麦と絹は、大学卒業後フリーターをしながら同棲をスタートさせる。日常でどんなことが起こっても、日々の現状維持を目標に2人は就職活動を続けるが……。
映画.comより引用

モラトリアムな思い出、色をつけてくれ!

有村架純演じる八谷絹と菅田将暉演じる山音麦は1組のカップルを見つめている。カップルは、イヤホンをシェアして音楽を聴いているのだが、それに対して「音楽好きじゃないね」とイチャモンつけ始める。音は立体的に作られているから、LとR両方で聴いてこそ曲になる。ベーコンレタスサンドをベーコンとレタスに分けたら意味ないじゃん。カツ丼を、片方がカツだけ食べたら何が残る?みたいな他愛もないイチャモンを友人と思われる人がちょっとドン引きしながら聴いている。そして、怒りが頂点に上がり、そのカップルのイチャイチャを破壊しようと立ち上がると、カメラは引く。てっきり、友達同士4人の集まりかと思っていたら、八谷絹と山音麦は別のテーブルで会話していたのです。まるで二人が意気投合会話しているようで、実は分断されていたというホン・サンスを彷彿とさせるカット割りの時点で、この映画は只者でないことがわかる。

さてこうして始まったドラマは典型的なボーイ・ミーツ・ガールの体裁で二人を衝突させる。小説のような自分語りを互いに描き、キャラクターの輪郭を形成していき、二人は激突するのだ。終電を乗り遅れた二人は、同じく終電を逃した男女と共に行きずりの夜を過ごす。向かいに座る30代くらいの男女がイチャつくのをドンよりしながら麦が虚空を眺めていると、押井守がいることに気づき興奮するのだが、目の前の二人はあまり興味なさげ。

「映画好きなんですね、俺もマニアックな映画とか観るよ」と男がイキリ始めるので、麦は「どんな映画が好きですか?」と聞けば、

『ショーシャンクの空に』と答える。

それに乗るようにしてもう一人の女が「私は『魔女の宅急便』が好きだな。」と言うもんだから、コアな映画ファン特有のマウント気質が現れる。この『魔女の宅急便』がまさかの清水崇が撮った実写版というところがポイントだ。実はフリードキン版『恐怖の報酬』並みにマニアックな作品でありながら、また『呪怨』の監督が手がけていたりと話の切り口が多い作品にもかかわらず、麦は彼らをミーハーと見下す面倒臭い映画ファンの生態系を重厚に描いているのです。

そしてそこから映画は通俗から乖離した超絶技巧の物語に豹変していく。この映画において、愛の深まりは固有名詞の濃度で綴られるのだ。映画だけでなく、音楽や小説、漫画、ゲームの名前、アーティスト名がバンバン飛び交う。

小川洋子、多和田葉子、宝石の国、ゼルダの伝説、シン・ゴジラ、新海誠etc…

二人は『LA LA LAND』のようにモラトリアムに生き、好きなことをして生きる。文化は最高だと人生を謳歌していく。その眩さとコアな文化系ネタのてんこ盛りのアンバランスさに心がゾワゾワとしてくる。

そして恋愛の頂点ともいえる恍惚を魅せると、恐ろしい勢いで地獄の扉が開いていく。確かに『ブルーバレンタイン』の始まり始まり、恋の始まりは終わりの始まりでありました。

何者』のトラウマをフラッシュバックさせるように絹は圧迫面接だらけの就活に玉砕。麦はモラトリアムに囚われながら二人ともどもフリーター生活を始める。アートは最強だと言いながらイケイケドンドン頑張るのだが、仕送り停止にイラスト収入の現象により段々と行き詰まっていく。それでも前向きな彼女は簿記の勉強をして事務の仕事に就き、彼も長い長い就活を経て物流会社に着く。麦のダメージは大きい。定時で帰れると言われていたが、実際には連日残業、休日の出張に明け暮れる毎日。彼女の為に一生懸命なるあまり、段々と漫画も映画も観なくなってしまうのだ。パズドラで時間を潰すことで手いっぱいになってしまう。麦は必死に振り向いてもらおうと、ワザと彼のいる前でゼルダの伝説をプレイしたり、リビングに小説や漫画を置いたりするのに構ってくれなくなってしまうのだ。ここで彼女が誘う映画のタイトルが秀逸だ。エドワード・ヤンの『牯嶺街少年殺人事件』を観ようとするのです。
牯嶺街少年殺人事件』といえば、映画ファンの間で神聖化されている作品。90年代に日本で公開されて以降、VHSでしか観ることができなかった代物故に、リバイバル上映当時盛り上がった。大学時代の麦なら食いつかない訳がないのですが、4時間も映画に時間を割く余裕はなく諦めてしまう。次に観るのが、アキ・カウリスマキの『希望のかなた』。ユーロスペースで観賞するのだが、麦は死にそうな顔で観ている。この映画も映画ファン歓喜の作品であり、絹は気を使って90分ぐらいの作品をチョイスしているのに心はそこにないのだ。

そして、絹がイベント会社に転職しようとすると、「遊んでいるような会社はダサい」と言い始める。

どういうことだろうか?

よくある恋愛映画から一転、現代日本における「セールスマンの死」を紡ぎ出しているではありませんか!アーサー・ミラーの「セールスマンの死」はかつて敏腕セールスマンであったウイリー・ローマンが、落ちぶれた自分を認めたくなくモラトリアムに生きる息子に言葉の呪いをかける話だ。「フーテンのお前は立派になれない。」と呪いの言葉をかけるのです。この戯曲は老年のセールスマンの視点で語られる。彼がどうして毒親、老害のような存在になってしまったのか?そのプロセスをこの映画は考察しているのです。

文化は心の余白である。仕事が多忙になり、余白がなくなってくると、文化を楽しむ余裕がなくなってくる。そして努力しても報われない状況にい続けていると、努力していない人に沸々と憎悪が湧いてきて、意図せず相手を傷つけてしまうのだ。てっきり、この映画は二人が人生を見つめ直す。モラトリアムな思い出に色をつけることで再び前に歩き始めるのか?と思いきやそうはならない。

『LA LA LAND』があれだけ話題になったのだから観客を信じようと土井裕泰、坂元裕二は別れの物語に持っていくのだ。

プロポーズする時に「あと3時間、あと1時間、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ」と告白のタイミングを伺っている時以上に緊迫感がフレーム内に漂う。お互いに別れることは分かっているのだが、どうやって綺麗に終わらせるかの落とし所を模索しあう。麦は逃げ腰なので、別の話に逸らそうとするが、「今やろう!」と言う。その横では、かつての自分たちのように初々しい出会いが繰り広げられている。

あの頃に戻りたいけれども、もう戻れない。戻ってはダメだと決心する様子のいたたまれなさが生々しく直視しがたいものがあった。そして、別れてみると、自然と固有名詞の密度が上がっていく。もはや恋人同士ではないが、対等に語り合える趣味人としてのアイデンティティを取り戻し映画は終わる。文化系界隈の痛さ、面倒臭さ、面白さをギュッと濃縮しつつも、下手に『恐怖分子』のポスターオマージュをして観客にリップサービスを送るのではなく、恋愛のオデュッセイアを盛り上げる記号に徹し、その密度を通じて恋の栄枯盛衰を紡ぎ出す極めてスリリングな物語に終始興奮しっぱなしでした。ここで映画のオマージュをしたら、単なる媚び売り映画に成り果てていただけに、そこをグッと堪えられるところに本作の良さがあります。

と言うわけで、1月はイチオシの新作映画は『花束みたいな恋をした』に決まりです。

余談ですが、就活描写のヒリヒリする感覚は多分坂元裕二が一番やりたかったことに違いない。彼はかつて織田裕二のポンコツ就活映画『就職戦線異状なし』の脚本に協力している。現実味0だったあの映画のリベンジマッチをこの映画でやっているのが興味深い。

おまけ:CHEBUNBUN映画ベスト2021年1月号62本

1.見知らぬ乗客
2.GAMAK GHAR
3.その街のこども
4.フランケンフッカー
5.ヒッチ・ハイカー
6.花束みたいな恋をした
7.日本人の勲章
8.ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q
9.女相続人
10.TWO/ONE

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