【ネタバレなし】『ボーはおそれている/Beau is Afraid』アリ・アスターは『オオカミの家』を作りたい

Beau is Afraid(2023)

監督:アリ・アスター
出演:パーカー・ポージー、ホアキン・フェニックス、エイミー・ライアン、ネイサン・レイン、マイケル・ガンドルフィーニetc

評価:75点


おはようございます、チェ・ブンブンです。

アリ・アスター最新作『Beau is Afraid』を観た。本作は公開前から魅力的な記事が多い作品だ。The Film Stageでは、本作に影響を与えた映画13選が紹介された。これを確認すると、アリ・アスターがシネフィル系監督であることが分かる。

・『鳥』(アルフレッド・ヒッチコック)
・『厳重に監視された列車』(イジー・メンツェル)
・『臆病者はひざまずく』(ガイ・マディン)
・『Stump the Guesser』(ガイ・マディン)
・『あなたの死後にご用心!』(アルバート・ブルックス)
・『悪魔の発明』(カレル・ゼマン)
・『大砂塵』(ニコラス・レイ)
・『天国への階段』(パウエル=プレスバーガー)
・『プレイタイム』(ジャック・タチ)
・『』(ツァイ・ミンリャン)
・『荒野の千鳥足』(テッド・コッチェフ)
・『オオカミの家』(レオン&コシーニャ)
・『』(レオン&コシーニャ)

特にガイ・マディン監督とレオン&コシーニャ監督にまつわる話は他の記事でも確認できる。彼は映画学校に通っていた頃、ガイ・マディンに魅了された。ガイ・マディンといえば、地獄の底から発掘されたこの世に存在しないサイレント映画のような禍々しさを持った作品を数多く手がけている監督である。17歳の時に2本の短編映画を製作しているが、彼のパクリのようなものだったと告白している。その後、彼はリンカーン・フィルム・センターで『臆病者はひざまずく』、『脳に烙印を!』、『My Winnipeg』の3本を企画上映した。ガイ・マディン監督作はジョン・ウォーターズの推し監督として知られているが、CULT MTLのインタビューで『Beau is Afraid』の話そっちのけでガイ・マディン話に花を咲かせている様子を見るとその熱量はとんでもないこととなっている。実際に本作を観ると、とある人物の首締めシーンで『臆病者はひざまずく』の演出が引用され、劇場から観客を見渡す際の空気感は『Stump the Guesser』の影響が感じ取れる。


また、彼はチリのストップモーションアニメ『オオカミの家』を観て、レオン&コシーニャに惚れ込み、アプローチをかける。そして短編映画『骨』のエグゼクティブ・プロデューサーを務め、『Beau is Afraid』ではアニメパートをこのコンビに依頼している。実際に観ると、アニメパートだけでなく序盤から『オオカミの家』のような演出をやりたい欲望に満ち溢れており、隣の部屋の振動による軋み、水による侵食(これはツァイ・ミンリャン色も加わっている)、あり得ない時空間移動をシームレスに魅せていく演出などが散りばめられている。

当記事ではネタバレなしで本作について語っていく。

邦題『ボーはおそれている』で2024年2月16日劇場公開決定!

『Beau is Afraid』あらすじ

Beau lives alone in a downtown apartment where every moment is a waking nightmare. Prone to anxiety and paranoia, he visits his longtime therapist who prepares him for his journey to visit his mother. But mayhem ensues on the eve of Beau’s departure, spinning his life in a surreal new direction.
訳:ダウンタウンのアパートで一人暮らしをしているボーは、一瞬たりとも悪夢にうなされる日々を送っている。不安と妄想に苛まれる彼は、長年のセラピストのもとを訪れ、母を訪ねる旅に出る準備をする。しかし、旅立ちの前夜に騒動が起こり、彼の人生はシュールな方向へと向かっていく。

※MUBIより引用

アリ・アスターは『オオカミの家』を作りたい

ボーは精神的に不安を抱えている。夜になると扉を叩く音が聞こえ、メモ書きが残される。不眠症なのか、悪夢が融解したような日中が彼に襲いかかる。薬を飲もうとするも水がない。外ではゴッサムシティのように犯罪が蔓延っており、20m先ぐらいにあるコンビニへ行くのもひと苦労だ。なんとかコンビニで水を買おうとするも、クレジットカードは使えず、財布から金を出そうにもお金がない。後ろを振り返ると、通りにいるヤバい人たちが一斉に自宅へと侵入していくのだ。次々と超常現象が発生し、父の命日で母に会おうとするも全くたどりつけないのだ。


ジェイムズ・ジョイスは『オデュッセイア』をダブリンの1日に微分した「ユリシーズ」を書いた。ガイ・マディンは「ユリシーズ」を家の中の物語にさらに微分したような映画『Keyhole』を作った。それを踏まえて『Beau is Afraid』を捉えるとするならば、『Keyhole』を積分してf(x)=x^2+Cの形にしたような作品であろう。根底に流れるのは神の怒りを買い、追放された者が帰還するまでの壮絶な旅路である。ボーにとって母は神のような存在である。そんな母に見放された彼は、女神の陶器を大事に抱えながら次々と現れる悪夢と対峙しながら母のもとを目指す。ここで重要となってくるのが家という舞台装置である。

序盤、ボーは家にヤバい人が入ってこないように警戒している。しかし、外からは不快な声が聞こえ、窓からは嫌なものが見える。しかし、彼の抵抗も虚しく侵入されてしまう。家はまさしく彼の心を象徴しているだろう。外との繋がりに怯える彼の心理が引きこもり描写に反映されている。そうはいっても、外と対話しないといけない。彼は電話を用いて対話を試みるが拒絶され孤独感が広がっていく。

ある事件をきっかけに外へと放り出され、他者と対話し続けない状況に陥った彼だが、ひたすらに不条理が前を駆け抜けていき、混乱を引き起こしていく。そしてロバート・アルトマン『イメージズ』のように、実際の現実と悪夢が引き起こした現実との境目が曖昧となってくる。ここで威力を発揮してくるのがレオン&コシーニャが担当したアニメパートである。ストップモーションアニメがセルアニメや3Dアニメと異なるのは、実際に存在するものを使って存在しない物理的な挙動を実現させることにより生まれる独特な虚構性であろう。このストップモーションアニメの特性を応用して、ホアキン・フェニックス含め、役者はシームレスに動きつつ、その後ろでカクカクとアニメが展開される。かと思いきやロトスコープと思しき、実写の挙動にアニメを重ねた動きが融合していく。虚実曖昧となった世界の演出としてこれ以上にない表現だといえる。流石、アリ・アスター監督が惚れ込んだだけのことはある。『骨』のアップデート版として観られる。


一方で、本作は最近のA24問題に繋がるものを抱えた作品でもある。『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』や『Pearl パール』と最近のA24映画(配給のみの作品も含む)は、演出のための演出が際立っているように思える。手数やヴィジュアルこそ印象的だが、話自体は家族愛だったり毒親家庭における羨望の眼差しと分かりやすいものだ。問題は手数こそ多い割に物語の膨らまし方や着地が小さいように思えてくるのだ。『Beau is Afraid』は典型的なオデュッセイアものではあるのだが、愛の渇望をテクニカルな演出で押し切ろうとしている印象が強い。もちろん、テクニカルな演出で押し切り魅力的な作品はデヴィッド・リンチの作品だったりA24だと『A GHOST STORY ア・ゴースト・ストーリー』や『CLIMAX クライマックス』と色々ある。しかし、『Beau is Afraid』の場合、映画内で起こる不条理が全て精神病で説明できてしまう上に、丁寧にも「薬」、「看病」といった形で説明してしまっているのだ。『イメージズ』より悪い意味で過剰に思えるし、『イレイザーヘッド』や『インランド・エンパイア』ーいやここはガイ・マディン『臆病者はひざまずく』に例えるべきだろうー不安を抽象化し魅惑の物語へと昇華するまでには至らなかった。

演出自体は面白いものも多く好きではあるが、問題作であり、日本公開されたら大論争を引き起こす作品であろう。

参考資料

Ari Aster Shares 13 Films to See Before Beau Is Afraid(2023/3/30,Leonard Pearce,The Film Stage)
Ari Aster told us about shooting his new film Beau Is Afraid in Montreal(2023/4/19,CULT MTL,Justine Smith)
『オオカミの家』8月19日公開決定!予告編&場面写真&メイキング写真一挙解禁(2023/6/13,CINEMAS+,シネマズ編集部)
The Wolf House Directors Cristóbal León & Joaquín Cociña Team with Ari Aster in Exclusive Trailer for Los Huesos(2021/8/19,Jordan Raup)

おまけ1

ガイ・マディン『Stump the Guesser』は監督のVimeoチャンネルで観られるので良かったら是非。

おまけ2

※MUBIより画像引用