ライフ(2022)
原題:Жизнь
英題:Life
監督:エミール・バイガジン
出演:イェルケブラン・タシノフ、カリナ・クラムシナ、イェルジャン・ブルクトバイetc
評価:100点
おはようございます、チェ・ブンブンです。
『ハーモニー・レッスン』、『ザ・リバー』と強烈な描写でカザフスタンの閉塞感を捉えるエミール・バイガジン監督最新作『ライフ』が第35回東京国際映画祭コンペティション部門に選出された。本作は、中途入社した社員が、会社の映像データを全部消去してしまうrm -rf /*映画らしく、職業柄あらすじを読んだだけで背筋が凍る。実際に観てみると、最初から最後まで修羅場レベル100を爆走する地獄の3時間であった。海外の評判は悪いみたいだが、『異端の鳥』同様、日本公開されたら盛り上がること間違いなしのダークコメディといえよう。
『ライフ』あらすじ
『ハーモニー・レッスン』(13)で鮮烈なデビューを飾ったカザフスタンの異才エミール・バイガジンの監督第5作。企業経営に失敗し、全てを失った男の彷徨を驚異的な映像で描き、人生の意味を問う作品。
※第35回東京国際映画祭より引用
転職した会社の映像データをうっかり全消去した結果
映像制作会社に転職した男。彼は入社そうそう、重要なデータ移動の仕事を任される。「検索してやれば大丈夫だ。」と妻に説明し、いざ本番。この会社はいわゆるブラック企業らしく、社長が偉そうに顧客の無理難題を部下に押し付けている。設備投資もケチっており、データを分散させるためのハードディスクを使いまわそうとしている。RAID構成を変更するため、データを整理した後にハードディスクを初期化するミッションが彼に与えられた。入社して早々、夜間ワンオペ、チェックシートなしで行う作業。これが見事に失敗。会社の全映像データが消失してしまう。エンジニアにとって「嘘であってくれ」と思う絶望的な状況だ。クライマックスかと思う、壮大な音楽を背に、彼の数奇な物語が動き出す。
妻を人質に取られ、何故か新CEOに仕立て上げられる。そして、「子どもたちにプールを作る。その資金を集めろ。」と言われるのだ。通常、デスゲームものだと、地下の労働施設に連行されるが、本作はCEOに就任した彼が広大な地を舞台に資金集めゲームに参加させられる。冒頭で出世欲を語っていた彼。それが叶っているところにグロテスクな笑いが忍び込む。
金なし、脈なし、キャリアなしの男がそう簡単に資金を集められるわけがない。家すらなく、「泊めてくれ」と片っ端から頼み込むが拒絶され続ける。そんな異常な状況の中で、碇シンジさながらの心象世界に溺れていくのだ。死のうとしても死ねない。周囲の人が自分に罵声を浴びせてくるがこれが現実なのだろうか?幻覚なのだろうか?
「逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ」と進んでも、精神的「死」が待ち受けており、逃げたところで死ぬことはない。
前に進むしかない中で、当たり屋家業を始めたり、あるものを売ろうとする。
もうやめて!とっくに彼のライフはゼロよ!と言いたくなるような地獄巡り。過剰で陰惨な描写が続く作品であるが、それを通じて現出する悪夢は私がかつて仕事に追い込まれて夢に見た恐ろしい景色と同じものであった。エミール・バイガジン監督は、まさしく精神のどん底を画に収めることで、ある特定の人を救おうとしたのではないか?少なくとも、同じ地獄を観た私はこのカタルシスによりフッと心が軽くなった。
スローモーション、天丼ギャグが埋め尽くす悪魔の笑いがここにあった。
第35回東京国際映画祭では無冠に終わったが劇場公開希望である。
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※第35回東京国際映画祭より画像引用