【アカデミー賞】『The Painter and the Thief』画家が泥棒の内面を覗く時、泥棒も画家の内面を覗き込むのだ。

画家と泥棒(2020)
The Painter and the Thief

監督:ベンジャミン・リー

評価:95点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

第93回アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞ショートリストに選出されている『The Painter and the Thief』を観ました。本作は、2020年の批評家/映画サイトベストにも度々入るドキュメンタリー作品であり、BOSTON GLOBE・Ty Burr氏(5位)、CBC NEWS・Eli Glasner(8位)、DETROIT NEWS・Adam Graham(9位)などが本作を推している。実際に観てみると、正直本年度アカデミー賞最有力である『COLLECTIVE』や技術面で凄いことをしている『Welcome to Chechnya』を凌駕する面白さがありました。『本気のしるし』のような人間の本能から来る生々しい心理をドキュメンタリーで捉えてしまっているトンデモ映画であり、2021年上半期ベストテンに入れたい!なんなら日本公開されるよう猛プッシュしたい映画でありました。

『The Painter and the Thief』概要

An artist befriends the thief who stole her paintings. She becomes his closest ally when he is severely hurt in a car crash and needs full time care, even if her paintings are not found. But then the tables turn.
訳:芸術家は彼女の絵画を盗んだ泥棒を友達として招き入れる。彼女の絵画が発見されていない場合でも、彼は交通事故で重症を負い、フルタイムのケアを必要としているとき、彼女は彼の最も近い味方になります。しかし、その後、運命の歯車が狂い始める。

※imdbより引用

画家が泥棒の内面を覗く時、
泥棒も画家の内面を覗き込むのだ。

絵画泥棒をテーマにしたドキュメンタリーを撮ろうとしていたベンジャミン・リーですら想像できなかったであろう。本来、短編ドキュメンタリーで終わるはずのドキュメンタリーがフィクションの垣根を二つ以上飛び越えた戦慄と感情の友情奇譚を捉えてしまった。その一期一会、当時現在進行形でどこに着地するのかも見えていなかった物語を超絶技巧の編集で繋ぎ合わせた本作は、ドキュメンタリー映画における編集の見本として恍惚と輝いている。

チェコ出身のハイパー・リアリズム画家Barbora Kysilkovaはオスロで個展を開いている。ある日、ギャラリーに2人の泥棒が入り、2枚の絵が盗まれてしまう。犯人はすぐに捕まる。Karl Bertil-Nordlandだ。法廷に出廷する彼。絵は行方不明ながらも、彼女は激しい刺青を身に纏うKarl Bertil-Nordlandのことが気になり自宅に招く。幼少期から少年ギャング団に入り浸り、8年も刑務所で過ごしたことのある彼がどうして、著名ではない自分の絵を盗んだのか対話を通じて理解しようとする。そして、彼の肖像画を描きはじめる。完成した肖像画を彼に魅せると、強面な表情が一気に崩れて泣き始める。幼少期からロクな環境におらず、愛に飢えていた彼は、彼女の絵に感動するのだ。

こうして二人は親密な関係になっていく。驚くべきごとに、彼女が彼の肖像画を描く度に、冒頭で提示される盗まれた絵画から一つ、二つと技術が飛躍していくのだ。一方で、ADHDを患っており精神が不安定なKarl Bertil-Nordlandはある日、交通事故を起こして大怪我を負う。そんな彼を癒そうとBarbora Kysilkovaは更に絵の技術を上げていき、まるで写真のようなマスターピースを生み出すのだ。

そんな彼女のボーイフレンドØysteinは心配し始める。

「感傷的になり過ぎているのではないか?」
「彼と親密になり過ぎているが生活は大丈夫なのか?」

だが、彼女にはもうKarl Bertil-Nordlandしか見えていない。

そんな不安は運命の歯車を狂わせ始める。

彼女がスーパーでクレジット決済をしようとすると、カードが使えない。どういうことかと思うと、アトリエに大量の未払い請求書が届くのだ。彼女はKarl Bertil-Nordlandに夢中で、ロクに仕事をしておらず、経費が払えなくなっていたのだ。慌てて、個展を開いて資金を得ようとするのだが、なかなか事務所と折り合いがつかなくなって来て、施設でリハビリしている彼とのコンタクトも遮断するようになる。彼は彼ですっかり彼女に依存しており、お互いに地獄の共依存からの脱出をしないと行けなくなってくるのだ。

本作は、劇映画的作劇に力点を置いている関係で、意図的にもう一人の泥棒の存在を掘り下げていなかったり、時系列をいじったような編集が施されている。しかしながら、あるアーティストが本能的に自分の芸術に犯罪者の肖像を投影していくうちにその心理に取り込まれていく恐怖と生まれた時から心の底から自分のことを見てくれる人に出会わなかった者が愛に触れたことで自分の人生と向き合うことになる物語がメビウスの輪のような関係性を紡ぎ出す様子をリアルタイムで捉え、それを巧みな編集で重厚な物語として昇華させたことは評価に値する。

最後の15分になっても怒涛の展開が釣瓶打ちとなる。修復不能な状態にまで陥った二人が紡ぎ出す友情の芸術は、ハイパー・リアリズム絵画が動的存在としてスクリーンの外側にいる我々をも飲み込む映画、絵画双方における傑作として君臨することでしょう。

どうにか第93回アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞最終ノミネートにまで残って日本公開決まってほしい。

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※varietyより画像引用