『アイの歌声を聴かせて』不気味の谷のスクリューボールコメディ

アイの歌声を聴かせて(2021)

監督:吉浦康裕
出演:土屋太鳳、福原遥、工藤阿須加、興津和幸、小松未可子、日野聡、大原さやか、浜田賢二、津田健次郎、カズレーザーetc

評価:90点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

山形国際ドキュメンタリー映画祭、ベネズエラ映画祭、東京国際映画祭と次々と映画の祭典が押し寄せてくるこのところ。アート映画ばかり観ていると疲れてくるものです。こういう時は、息抜きに青春キラキラ映画を観たいもの。丁度、TOHOシネマズ海老名で『アイの歌声を聴かせて』という面白そうな作品が上映されていたので仕事帰りに観てきました。これが実に素晴らしい作品でした。

『アイの歌声を聴かせて』あらすじ

「サカサマのパテマ」「イヴの時間」の吉浦康裕が原作・脚本・監督を務めたオリジナル長編アニメーション。景部市高等学校に転入してきたシオンは、登校初日、クラスで孤立しているサトミに「私がしあわせにしてあげる!」と話しかけ、ミュージカルさながらに歌い出す。勉強も運動も得意で底抜けの明るさを持つシオンはクラスの人気者になるが、予測不能な行動で周囲を大騒動に巻き込んでしまう。一途にサトミのしあわせを願うシオンの歌声は、孤独だったサトミに変化をもたらし、いつしかクラスメイトたちの心も動かしていく。声の出演は、不思議な転校生シオンを土屋太鳳、クラスメイトのサトミを福原遥、サトミの幼なじみで機械マニアのトウマを工藤阿須加が担当。「コードギアス」シリーズの大河内一楼が共同脚本、「海辺のエトランゼ」の漫画家・紀伊カンナがキャラクター原案、「とある魔術の禁書目録」シリーズのJ.C.STAFFがアニメーション制作を手がけた。

映画.comより引用

不気味の谷のスクリューボールコメディ

学校に転校生「シオン」がやってくる。しかし、その転校生はロボットだった。しかも、母親が作ったロボットだった。彼女がロボットだとバレたら、母親の労力が水の泡となる。サトミと事情を知るクラスメイトは、なんとかしてシオンを学校生活に馴染ませようとするが、彼女は「サトミ、シアワセ?」と幸福を強要しながら暴走していく。果たして、サトミたちはシオンの正体を隠し通すことができるのだろうか?

本作は、一見すると豪快なだけのスクリューボールコメディに見えるが、そこに垣間見える技巧の嵐に驚かされた。転向早々、突然歌い出し、サトミが幸せを感じる為なら如何なる手を使ってでも修羅場を用意し、白馬の王子様を召喚させようとする「シオン」を中心に、体育会系、文化系、ギャル、文武両道が収斂していく。気がついた時には『ブレックファスト・クラブ』の世界が形成されていく鮮やかさに作劇の手堅さを感じる。

その上で、「不気味の谷」を乗り越えた先にあるシンギュラリティを多角的に捉えようとする挑戦が行われる。AIロボットである「シオン」は、面白いことにアニメにもかかわらず人間に限りなく近いが人間ではないことを強烈に感じるヴィジュアルをしている。表情は笑っているのに、目が笑っておらず、肌の質感に温もりを感じないのだ。物語前半では、シオンの急進、急停止、不自然な笑みによって不気味の谷をひたすら描いていく。そこに別方向からスパイスが振りかかる。それはミュージカルの存在だ。ミュージカルは突然登場人物が歌う。現実ではありえない挙動をする。フィクションと壁を置くことで楽しむことができる。故に、現実で人々が突然歌い始めたら不気味に感じるのだ。そのミュージカルと人々の距離感を逆手に取って、シオンが歌い始めることにより場を凍りつかせるのだ。人間に限りなく近いが、明らかに人間ではない。それをミュージカル要素で強調し、本作のテーマである不気味の谷を裏付ける。この隻眼には衝撃を受けた。まさしく、この豪快さに反して繊細な高等技術の積み上げは、メル・ブルックスだったりフランク・タシュリン、ジェリー・ルイスの映画を彷彿とさせる。

「シアワセ」には個人差があることを対話を通じてAIが学習していき「幸せ」となる。『ブレックファスト・クラブ』要素も、単なる表面上の多様性ではなく、AIが人間を知る為に必要な多様性として機能している。さらに日本アニメのタッチとディズニー/ピクサーアニメのタッチを織り交ぜることで、ディープラーニングにおける十分なデータ量と自動的に理論構築されていく過程を可視化することに成功した。

最後に、土屋太鳳の演技に驚かされました。土屋太鳳は特殊な俳優である。というのも、作品を重ねるごとに演技の飛躍的向上を確認できるので、観るたびに高感度が上がるのだ。本作では、媚びた掠れ声が酷い『orange-オレンジ-』の演技を敢えて呼び覚まし、シオンが非人間の挙動をする時と素晴らしい歌声を魅せる際の落差を強調することによって、登場人物だけでなく観客の心もザワつかせる。ファムファタールとして、物語の手綱を握り続けるのだ。これは土屋太鳳映画史のマスターピースではないだろうか?

※映画.comより画像引用