『わたしは最悪。』何者にもなれない私は薄っぺらい「最悪」を纏う

わたしは最悪。(2021)
原題:Verdens verste menneske
英題:The Worst Person in the World

監督:ヨアヒム・トリアー
出演:レナーテ・ラインスヴェ、アンデルシュ・ダニエルセン・リー、ハーバート・ノードラムetc

評価:80点

予告編のポップさに油断していたが。『オスロ、8月31日』のヨアヒム・トリアー監督作だということを忘れていた。本作は、何者にもなれない私は薄っぺらい「最悪」を纏う話であり、20代後半から30代特有のキャリアの悩みを辛辣に描いた物語であった。

『わたしは最悪。』あらすじ

「母の残像」「テルマ」などで注目されるデンマークのヨアキム・トリアー監督が手がけ、2021年・第74回カンヌ国際映画祭コンペティション部門で女優賞を受賞、2022年・第94回アカデミー賞では国際長編映画賞と脚本賞の2部門にノミネートされた異色の恋愛ドラマ。30歳という節目を迎えたユリヤ。これまでもいくつもの才能を無駄にしてきた彼女は、いまだ人生の方向性が定まらずにいた。年上の恋人アクセルはグラフィックノベル作家として成功し、最近しきりに身を固めたがっている。ある夜、招待されていないパーティに紛れ込んだユリヤは、そこで若く魅力的なアイヴィンに出会う。ほどなくしてアクセルと別れ、新しい恋愛に身をゆだねたユリヤは、そこに人生の新たな展望を見いだそうとするが……。トリアー監督の「オスロ、8月31日」などに出演してきたレナーテ・レインスベがユリヤ役を演じ、カンヌ映画祭で女優賞を受賞。

映画.comより引用

何者にもなれない私は薄っぺらい「最悪」を纏う

ユリア(レナーテ・レインスベ)は医大で勉強していたが、詰め込み教育な日々に何かがプチんと弾け、中退してしまう。写真家になると言い放ち飛び出す。本屋でアルバイトしながらキャリアを形成しようとする。自分は社会の脇役ではない主人公だ!「何者」かになろうと、空っぽな器に身を投じるが、どれも薄っぺらい。

気がつけば30歳。周囲では「結婚」「子育て」のキャリアがチラつく。一応、漫画家の男とパートナー関係になるが、彼は子供が欲しいと言う。子供を産んだら、母親になる。特別な「何者」になることなく、凡庸な「母親」になってしまうのでは。家族という枠組みに縛られ、母親として子供中心の生活になってしまう。自分中心の生活はもうないのかもしれない。彼女はプレッシャーに押し潰されそうになり、ついに逃げてしまうのだ。

特別な何者になろうと足掻く彼女の、表面上はイキっているが内面は陰鬱に陰鬱を重ねていく様子に居た堪れなくなる。しかも、何者になれない彼女は「最悪」を纏おうとするのだが、吹っ切れていない中途半端さがこれまた嫌らしい。

例えば彼女がフラッと入ったパーティで、子育てする人に「泣く子どもを抱いたら悪影響を与える。これは医学の最新常識だ。」と吹聴して回る。医者にならなかったにもかかわらず自称医者として暴論を吹聴するのだ。Twitterでもよく見かける光景だが、この心理は捨て去った「医者」というキャリアへの未練。そして自分しか知らないという優越感への渇望が表面化したシーンと言える。陰謀論にハマる人の心理は、こうした特別な何者になることへの渇望が拗れたことに起因するのだろうことがよく分かる。

本作はユリアの人生を12章に分けて描いている。爆速で彼女が迷走する姿を描いており、一見するととっ散らかっているように見える。しかし、「人生のダイジェストが映画だ」と定義した時に、本作のアプローチは彼女の人生がいかに痛ましいかを増幅させる役割を果たしている。

面白かったが非常にグロテスクな物語であった。

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※映画.comより画像引用