停止(2019)
原題:THE HALT
英題:Ang hupa
監督:ラヴ・ディアス
出演:ピオロ・パスカル、ジョエル・ラマンガン、シャイーナ・マグダヤオ、ピンキー・アマドア、ヘイゼル・オレンシオ、マラ・ロペスetc
評価:60点
おはようございます、チェ・ブンブンです。
シネフィル向けサブスクリプションサービスMUBIにおいて日本は冷遇されがちだ。もちろん、権利の関係もありますが、ケリー・ライカートの『First Cow』などといった目玉作品は大抵日本配信されません。海外のMUBIを覗くと、『ファイト・クラブ』のようなメジャー作品もあるのですが、こうした作品もとことん除外されるので、日本版MUBIは謎のスリランカ映画やレバノン映画が立ち並ぶエクストリームなサービスとなっている。そんなMUBIですがカンヌ国際映画祭特集の一環としてラヴ・ディアスの4時間越え作品『停止』が配信されました。日本では、数年前の東京国際映画祭で上映されたのですが、平日だった為、サラリーマンである私は観に行くことができませんでした。最近、イメージフォーラムがこの手の超長尺映画を果敢に上映してくれるのですが、ラヴ・ディアスに至ってはハードルが高過ぎて『立ち去った女』以外はまともに公開されていない。そしてラヴ・ディアス作品はMUBIが配信しなかった場合、観賞難易度が一気に上がる。というわけでMUBIにやってきた時、とても嬉しかった。
ラヴ・ディアス映画は超長尺映画マニアとしてもWHY NOT?なので、早速観てみました。
『停止』あらすじ
『立ち去った女』のラヴ・ディアス初の近未来SF。2034年、火山の噴火で太陽が隠された東南アジア一帯は闇のなかに沈む。独裁者が専制政治を行い、多くの民衆の血が流される…。カンヌ2019監督週間出品作。
※東京国際映画祭サイトより引用
この時、誰も知らなかった。
パンデミックによる虚無の時が延々と続く世界が来ることに
ラヴ・ディアス監督は年々と、フェルディナンド・マルコス政権時代からロドリゴ・ドゥテルテ政権にかけて軍の暴力の連鎖が続いていることに怒りを感じており、年々映画の中で暴力性が増していっている。その怒りが頂点に達したであろう本作は、SF映画というベールに包みながらも、フィリピンの暴力、そして抑圧される市民をミクロな視点から捉えている。ラヴ・ディアス映画あるあるに、軍による唐突な暴力シーンがある。白黒、固定カメラによる静けさの中に暴力を流し込む演出を彼は頻繁に描く。今回はそれが登場するまでとても早かった。
いつものラヴ・ディアス映画とは異なり、ドキュメンタリータッチでフィリピンの祭が描写される。そして幾つかの本作における要素を説明した後、がらんとした空間で処刑が行われる。フランシスコ・デ・ゴヤの「マドリード、1808年5月3日」を意識した殺害する者/される者の構図を作りこむが、映画では拳銃によるゼロ地点射殺が行われる。ズガン、ズガン、ズガンと拳銃の連動がドライに死の山を築き上げるのです。
本作の舞台は2034年。火山の噴火により、世界は漆黒に包まれた。疫病が流行っているらしく、「SHOT FUL」という看板につられゾロゾロと人々はワクチン接種会場にやってくる。ワクチンが不足しているためか、誰かの接種が終わると、我先に動き出す。世界は絶望に包まれており、国がドローンによる監視を行っていることもあり、人々は発狂しそうになっている。家ではDVが横行し、ドローンの音にヒステリックになる者もいる。教会は、病まない豪雨の沈んだ空気の中、人々に救済を与えようとするが、どこかそこには暴力の片鱗が見え隠れする。「その他大勢」を生きる者は、ただただ過ぎ去っていく時間の中で身を潜めることしかできない。少しでも変なことがあれば、突如現れる軍人に銃を向けられるからだ。軍の暴力による抑圧は、市民を蝕み始め、外で遊んでいる子どもたちのボールを取ってあげただけで大人にリンチされてしまう。
2019年に観たら、ラヴ・ディアスの感情的過ぎて暴力を詰め合わせただけのように見える本作に芸のなさを感じるのですが、2021年に観ると、フィリピンだけではなく世界中で起きている抑圧と暴力の関係性をピタリと当てていて興味深い。
どうすることもできないもどかしさが暴力を増幅させ、国家レベルから市民レベルに波及する。だが、それでも尚ねっとりとした時は終息することを知らずに垂れ流されていく。ラヴ・ディアス映画において、超長尺である意味を感じる作品はあまり多くないのですが、『停止』に関しては必要な283分であった。
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※MUBIより画像引用