【アフリカ映画】『IN THE NAME OF CHRIST』コートジボワールの不穏すぎる儀式

IN THE NAME OF CHRIST(1993)
AU NOM DU CHRIST

監督:ロジャー・ニョアン・ムバラ
出演:Albert Ayatollah, Akissi Delta, Pierre Gondo etc

評価:65点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

皆さんは、コートジボワールをご存知でしょうか?

高校時代、世界史の授業で「象牙海岸」がどうこうで覚えている方もいらっしゃるのかも知れません。先日発表された第93回アカデミー賞国際映画賞ノミネートショートリストに珍しくコートジボワール映画が入ってました。首相を殺害し、逃げる男の生き様を描いた『Run』で第67回カンヌ国際映画祭ある視点部門に選出されたフィリップ・ラコテ監督が撮った刑務所もの『Night of the Kings』である。本作は、『パラサイト 半地下の家族』、『ハニーランド 永遠の谷』の米国配給を手がけたNeonが関わっていることもあり、最終ノミネートまで残ると言われている作品だ。

コートジボワール映画は日本では東京アフリカ映画祭で紹介されたぐらい(今回紹介する『IN THE NAME OF CHRIST』のロジャー・ニョアン・ムバラ監督作品『暴君アダンガマン』はここで紹介されている)で、国際的な映画祭にも中々の浮上しないのですが、興味深い歴史があります。

まず、コートジボワールには20もの言語が存在し、字幕をつけようにも読めない人が出てしまう問題がある。それを回避するために、分かりやすさを意識するように映画を発展させてきた。アンリ・デュパルクは民衆を教育するために分かりやすい表現を使おうと農村離脱の有害性を描いた『Abusuan』でコートジボワール人の為の表現技法を磨いたとのこと。詳しくは「ブラック・アフリカの映画(1987,シネマクシオン)」を参照のこと。

そんなコートジボワールから生まれた映画『IN THE NAME OF CHRIST』がMUBIで配信されていたので観てみました。

『IN THE NAME OF CHRIST』あらすじ

In a small village in West Africa, a pig-herd decides to save his people after nearly drowning, presenting himself as the cousin of Christ. Somewhat crazy and a bit of a thief, he rules as master and pushes his convictions to the limit, going as far as having himself crucified like Christ.
訳:西アフリカの小さな村で、豚飼いの男が溺れそうになった後、自分をキリストの従兄弟として提示して、彼の人々を救うことにした。ややクレイジーで泥棒のビット、彼はマスターとしてのルールと限界まで自分自身がキリストのように十字架につけられているように行く、彼の信念をプッシュします。

※MUBIより引用

コートジボワールの不穏すぎる儀式

豚を仕留めようとする男。彼はナイフを研ぎ、そろりそろりと豚に近づき殺めようとする。しかし、豚におしっこをかけられてしまう。それを見ていたチンピラがケラケラと笑い、村人の女性からも見下しの目が注がれる。学校でクラスメイトから笑われる羞恥の厭らしさを伝えるのに十分な笑みが画面を木霊する。

怒れる男は森の中で暴れている。自ら儀式を行なっているようだ。しかし、『メートル・フ』で描かれるガーナ・ハウカ運動のように異常な動きを行う主人公に観る者は恐怖を覚えることでしょう。『オーディション』で突然動き始める袋のような気持ち悪さがあります。そうこうしていると、子どもの霊が現れ次のように告げる。

「この世は酷い、貴方が世界を平和に導いてください。」

神の啓示を受けた主人公は村に戻り、人々を集めて「私は神だ」と言い始め、パフォーマンスを始める。チンピラに対して「神の息子の名に貴様の愚かなる行為を罰する」と若干、「カードキャプターさくら」における呪文を唱える場面のような重々しいフレーズを並べながら術を執行する。すると、彼は泣き崩れ動けなくなる。どうやら目が見えなくなったようだ。「許してくれ」と懇願する対象に対して煽りの舞いを踊り続けるのである。

こうして神の化身となった彼は村人たちに崇められていく。『ミッドサマー』におけるフローレンス・ピューのように神格化されていくのだが、それは同時に自ら生贄として近くことである。段々と、雲行きが怪しくなり、彼は十字架に磔となってしまうのだ。しかし、彼はその死すらも受け入れる。村人たちからイジメられてきた彼にとって、ここまで承認欲求が満たされることはかつてなかった。それだけに彼は神の化身というポジションを大切にしており、その職務を全うしようとするのです。

決して本作はコートジボワールのヤバい宗教映画ではない。日本の某オンラインサロン等で見られる、欲望から来るカルト化の不気味さにも通じる普遍的恐怖を描いた作品でした。MUBIにあるので是非挑戦してみてください。

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※MUBIより画像引用