【ネタバレ考察】『裸のランチ』薬物中毒作家は二度妻を撃つ

裸のランチ(1991)
NAKED LUNCH

監督:デヴィッド・クローネンバーグ
出演:ピーター・ウェラー、ジュディ・デイヴィス、イアン・ホルム、ジュリアン・サンズetc

評価:100点

1959年、一冊の本が物議を醸した。それが「裸のランチ」である。麻薬中毒者だったウィリアム・バロウズがタンジールで立ち直り、その勢いで執筆する。せん妄状態で執筆したこともあり、書いた本人ですら内容を理解しておらず、物理的にもグチャグチャだったものをアレン・ギンズバーグやジャック・ケルアックの手を借り、パリのアングラ出版社オリンピア・プレスから世に放った。オリンピア・プレスは観光客向けのポルノ小説販売を主としており、中身は重要視していなかったようで編集作業は機能していなかった。そのため、ポルノ小説だと勘違いした読者の反応は芳しくなかったものの、本書について書いた雑誌が猥褻物文書販売の疑いで逮捕、裁判にまで発展する事態となった。

そんな奇書『裸のランチ』をデヴィッド・クローネンバーグが映画化した。彼は自伝”Cronenberg on Cronenberg”にて、直訳的映画化は不可能であり、バロウズと融合する必要があると語っている。また、クローネンバーグ自身は薬物経験がなかったため、ウィリアム・バロウズが観た世界をどのように捉えていくのかを考える必要があった。彼は薬物の映画ではなく、制御と依存の関係を描こうと舵を切った。

確かに、実際に観ると、薬物による幻覚の映画であることはよく映画を観ていないと分からない仕組みとなっている。マグワンプから渡された旅券をウィリアムが友人に見せる場面で、殺虫剤の粉に入れ替わっていたり、他者からの視点でムシタイプライターを観た時、それが普通のタイプライターに映っている。こうした細かい描写を通じて、実際にウィリアムは異国にいるわけではなく、薬物による幻覚だと分かるのだ。

デヴィッド・クローネンバーグは本作を『ザ・フライ』の転送装置の中でバロウズと自分が融合した作品だと語っている。今回はそんな世界について掘り下げていく。

なお、本記事はネタバレありである。

『裸のランチ』あらすじ

「スキャナーズ」の鬼才デビッド・クローネンバーグの監督・脚本で、ウィリアム・S・バロウズの同名小説を映画化。映像化不可能と言われていた難解な原作を大胆に再構築し、原作者バロウズの半生を盛り込みながら悪夢的な世界観で描き出す。

1950年代、ニューヨーク。害虫駆除員のウィリアムは、仕事用の駆除薬を妻ジョーンがドラッグ代わりに使っていることに気づく。自身も駆除薬に溺れるようになったウィリアムは、誤ってジョーンを射殺してしまう。インターゾーンと呼ばれる謎の街に身を隠したウィリアムは、奇怪な生物マグワンプに命じられて活動報告書を書くことになるが……。

「ロボコップ」シリーズのピーター・ウェラーが主演を務め、「バートンフィンク」のジュディ・デイビス、「エイリアン」のイアン・ホルム、「眺めのいい部屋」のジュリアン・サンズが共演。

映画.comより引用

薬物中毒作家は二度妻を撃つ

デヴィッド・クローネンバーグは『ステレオ/均衡の遺失』の中で、テレパシーのある世界における本心の置き所について語っていた。テレパシーのある世界において、他者の思考が干渉する。だから本心を別のところに置く必要がある。『裸のランチ』では、文章が他者の心理へと繋ぐ装置として定義され、ウィリアム・バロウズが観たであろう幻覚世界を考察すると共に、依存によって今までいた世界から引き裂かれた者がどのようにしてその世界と対話をするのかを描いている。そのため、序盤から、文章に関する論が展開される。

例えば、ダイナーでウィリアムの知り合いたちが次のような話をする。

見たことを書き留め、そして誰かに渡す。
彼らはそれを読み再体験するそれが彼と接触する唯一の方法だ。
書き直してはいかん。
書き直せばだますことになる。
自分の考えを裏切る事になる。
なめらかでころがすような文章は嘘をつくそれは罪悪なんだ。

これは薬物による幻覚を経験したことがないデヴィッド・クローネンバーグが、ウィリアム・バロウズの、彼自身も覚えていない現実をどのようにして捉えていくのかの意思表示とみることができる。妻が殺虫剤の粉を接種している状態に気づくウィリアム、彼も段々と薬物に溺れていく。上記のように、インターゾーンにウィリアムは飛びスパイ活動のようなことをしているが、実際にはそこまで遠い場所に行っていない。彼は、ムシタイプライターに唆され、執筆をする。そして、その原稿を知り合いが受け取りに来る。この空間には元の世界と、幻覚世界が共存していることになる。当然、会話による不整合が起きるのだが、文章が緩衝材的役割を果たす。文章にはウィリアムが見たありのままの世界が描かれている。それを他者が受容することで二つの世界が繋がるのだ。

さて、映画を観ていると、ウィリアム・テルごっこで妻が死んだはずなのに、いつの間にか復活していることに気づく。これは序盤での文章論を映像による比喩として表現したものだろう。実際に、ウィリアムは妻を銃殺した。物書きとなった彼は、見たことを書き留める。書き直して嘘をつくことができない彼は、再度妻を殺害することで自分の考えと向き合うこととなる。依存から脱却するために、ありのままの自分を見つめる必要があることを象徴する場面と捉えることができるだろう。

中学時代に観た時は、よくわからなかったものの、その猥雑なイメージに惹かれて好きだった。大人になってから観直すと新しい発見があって、これまた新鮮な映画体験となった。

ちなみに、デヴィッド・クローネンバーグは薬物の映画にしないように心がけていたと自伝で語っていたが、中毒に至る過程は「ジャンキー」でウィリアム・バロウズが語っていたことに忠実だったと思う。常用者になろうとしてなるものではなく、ダラダラとなんとなく使っているうちに常用者になってしまう。本作のウィリアムも積極的に殺虫剤に手を出しているわけではなく、段々と使っているうちに依存していった。

P.S.劇中に出てくるブラック・ミートは原作だと、映画以上にグロテスクな代物であることが分かる。「ブラック・ミートは腐ったチーズのように非常に美味だが吐き気を催させるもので、食べる連中は食べては吐き、吐いては食べして疲れきって倒れるまで続ける。」と書かれている。恐ろしい食べ物である。

参考資料

・裸のランチ(2013/8/30、ウィリアム・バロウズ、河出書房新社)
・ジャンキー(2021/4/30、ウィリアム・バロウズ、河出書房新社)
・Cronenberg on Cronenberg(1997/3/1,edited by Chris Rodly)

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※映画.comより画像引用