【考察】『レッド・ロケット』自由の悪魔は調和に不自由の蜜を垂らす

レッド・ロケット(2021)
Red Rocket

監督:ショーン・ベイカー
出演:サイモン・レックス、ブリー・エルロッド、スザンナ・サン、Ethan Darbone etc

評価:100点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

ショーン・ベイカー新作『レッド・ロケット』を観てきた。てっきり、ショーン・ベイカー版『男はつらいよ』なのかなと思っていたのだが、「自由」に対して非常に深い論が展開されている作品であった。問題のおっさんが17歳の女の子をたぶらかす描写も、この論を語る上で必要な内容であった。ということで語っていく。

『レッド・ロケット』あらすじ

「タンジェリン」「フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法」で支持を集めた米インディペンデント界の俊英ショーン・ベイカー監督が、口先だけの元ポルノスターの男を主人公に、社会の片隅で生きる人々を鮮やかに描いたヒューマンドラマ。

2016年のアメリカ、テキサス。元ポルノスターでいまは落ちぶれて無一文のマイキーは、故郷である同地に舞い戻ってくる。そこに暮らす別居中の妻レクシーと義母リルに嫌われながらも、なんとか彼女たちの家に転がり込んだが、長らく留守にしていた故郷に仕事はなく、昔のつてでマリファナを売りながら生計を立てている。そんなある日、ドーナツ店で働くひとりの少女との出会いをきっかけに、マイキーは再起を夢みるようになるのだが……。

実際に過去にポルノ出演経験があり、その映像が流出したことで一時表舞台から姿を消していたこともあるサイモン・レックスがマイキー役を演じ、インディペンデント・スピリット・アワードやロサンゼルス批評家協会賞などで主演男優賞を受賞。共演は、主に舞台で活躍してきたブルー・エルロッドと、ベイカー監督が映画館でスカウトした新人スザンナ・サン。2021年・第74回カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品。

映画.comより引用

自由の悪魔は調和に不自由の蜜を垂らす

郊外にある男が降り立つ。彼の名はマイキー(サイモン・レックス)。元ポルノスターで十何年もまともな仕事についていない。ゴリ押しで、別居中の妻の家に転がり込む。定職につけるはずもない彼は、ハッパを売り始めるが、元締めから疎ましい目で見られている。しかし、そんな周囲の嫌悪はそっちのけで自由を謳歌する。そんな中、ドーナッツ屋にいる17歳の女の子ストロベリー(スザンナ・サン)に一目惚れする。

「自由」の対義語は自然に考えれば「不自由」である。しかし、ショーン・ベイカーは「調和」であると定義している。郊外の生活は退屈に見える。人々は、それぞれ与えられた役割を全うする。家でテレビを見る、ハッパを売り捌く、ストリッパーとして客を楽しませる。彼ら/彼女は将来どうなりたいとか、何かをしたい欲望は抑えられており、調和の中で生きている。それに疑問や苦痛はさほど感じていない。そんな郊外に侵入する異物マイキーは、彼らの生活が「不自由」に見えるように誘惑する。都市部での波瀾万丈な人生、嘘もあれども現実のものとして周りに語り散らし、ドーナッツ屋やストリップバーで勝手に営業活動をする。欲望のままにセックスもする。「現実」を知っている大人たちはそんな彼を軽くあしらう。 自由とは「なんでもできること」だが、なにができるか?なにがしたいか?が明確でなければ謳歌はできないし、謳歌しようとするとリスクがある。だから、調和のある生活を求めるし、自由はそれを阻害するものだと大人たちは思っているのだ。

しかし、「現実」を知らない17歳の少女にとって「自由」は甘美なものに見える。ハリボテでどうしようもないマイキーに対して「好きなことをして生きる楽しさ」を見出してしまうのだ。マイキーは言葉巧みに、彼女を悦楽の渦に誘う。彼の住んでいる家は寂れているのだが、毎日、知らない人の豪邸の前でお別れをすることで「この人は凄いかも」と錯覚を与える。マイキーは彼女を搾取して自分の返り咲きを計画しているのだが、それに彼女は一切気づかないのだ。自由を謳歌するとは、自分の欲望に忠実であり、それはすなわち、自分の利益のためなら平気で他者を裏切ることを示す。テレビから流れるドナルド・トランプの演説を通じて、アメリカ社会における「自由観」のミクロな存在としてマイキーがいることを強調している。

また『レッド・ロケット』は分かりやすくなった『泳ぐひと』と捉えると違った怖さが浮かび上がっていく作品だ。『泳ぐひと』は、バート・ランカスター演じるマッチョな男が豪邸に設置されているプールを泳いで回る中でハリボテな人生が明らかになっていく内容。『レッド・ロケット』もマッチョ的存在が自転車、車、徒歩による移動を通じて空っぽな人生が明らかになってくる。しかし、本作は少女だけがその正体を知らず、「自由」の悪魔に搾取され、快楽の塊に豹変するまでを描いているのでより残酷だ。

最近、大場正明「サバービアの憂鬱」を読んだこともあり郊外という空間を使ったショーン・ベイカーの自由論に興奮しっぱなしであった。

2023年ベスト候補である。

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※映画.comより画像引用

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