【東京国際映画祭】『ヌズーフ』空の水溜り、希望のイマジナリーフィッシング

ヌズーフ/魂、水、人々の移動(2022)
英題:Nezouh

監督:スダーデ・カダン
出演:ハラ・ゼイン、キンダ・アルーシュ、ニザール・アラニ、サメール・アル・マスリetc

評価:80点


おはようございます、チェ・ブンブンです。

第35回東京国際映画祭ユース部門にヴェネツィア国際映画祭にて観客賞を受賞したシリア映画『ヌズーフ/魂、水、人々の移動』が出品された。既に鑑賞していた『クロンダイク』と類似のテーマな作品であり、こちらは爆撃で屋上の床と壁が破損した部屋から脱出するかどうかを決断させられるよりハードな内容となっている。実際に観てみると、アプローチがかなり異なる作品であり、それが良かった。

『ヌズーフ/魂、水、人々の移動』あらすじ

戦火のシリア、ダマスカス。爆撃で屋根に大きな穴が開いてしまい、そこに住み続けるか移住するかに悩む家族を14歳の少女の視点から描いた作品。ヴェネチア映画祭オリゾンティ・エキストラで上映され、観客賞を受賞。

※第35回東京国際映画祭サイトより引用

空の水溜り、希望のイマジナリーフィッシング

爆撃により壁に大きな穴が空き、屋上の床も抜けてしまった家。大黒柱の男は「難民」になることを拒み、自分が家族を守るんだと必死になっている。しかし、周囲の住民のほとんどは避難しており、虚無がこの地区を包んでいた。

本作は、紛争地帯の物語をリアルに綴った作品かと思うと、「虚構」に頼った演出がされている。これが非常に興味深い。例えば、少女が壁の穴から外を眺める。ポンと小石を空に投げると、ピチャピチャピチャと空中で水切りがなされるのだ。また、「ロミオとジュリエット」がごとく近所に住む青年と少女が夜な夜な屋上で密会をしている場面。父親が突然部屋に入ってこようとする。ロープで降りる時間がない彼女は穴に背中から飛び込むのだが、その時に幻想的なエフェクトがかかる。まるで走馬灯のように。

ネガティブで現実的な想像をする父親と対照的に少女の虚構が配置されている。そして虚構を想像することこそが凄惨な時代においての突破口となることを映画は主張している。ダマスカスに住んでいる住人は「退屈だ」と言う。近所に住む少年は戦禍を撮りインターネットで配信することで世界を変えようとする。だが、少女は、そんな現実的な彼を虚構の釣りに誘うことで癒す。

やがて家族はダマスカスを離れる。この時、家族はバラバラになってしまっている。迷宮のように化ける廃墟のダマスカスを舞台に家族は彷徨う。そんな家族を虚構が再び繋ぎ止める。果たしてこの結末で良いのだろうか?若干DV気質な大黒柱の精神的支配で映画は終わってないだろうかと疑問を抱くものの、現実的アプローチになりがちな紛争ものにおいて「虚構」がどのような役割を担っているかに向き合った本作は新鮮であり評価すべきものがあった。

『クロンダイク』と併せて観るとより味わい深い内容となっている。フランス生まれのシリア人監督であるスダデ・カーダンはSKIPシティ国際Dシネマ映画祭で、『私の影が消えた日』を出品した経歴がある。こちらもチェックしたいものである。

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※IMDbより画像引用