【アカデミー賞】『オーディブル: 鼓動を響かせて』音なき饒舌さの中の青春

オーディブル: 鼓動を響かせて(2021)
Audible

監督:マシュー・オゲンズ

評価:85点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

第94回アカデミー賞のノミネートが発表された。毎年、観賞が鬼門になっている短編映画部門も近年は公式のyoutubeチャンネルやVIMEO、Netflixで観賞することができる。今回の短編ドキュメンタリー映画賞は『The Queen of Basketball』がThe New York Timesのyoutubeチャンネルで、『オーディブル: 鼓動を響かせて』、『私の帰る場所』、『ベナジルに捧げる3つの歌』がNetflixで観ることができる。早速、『オーディブル: 鼓動を響かせて』を観てみました。

『オーディブル: 鼓動を響かせて』あらすじ

最後のホームカミングの試合を控える、ろう学校アメフト部所属の高校生。親友の自殺のショックを胸に、家族の問題や人間関係、逆境や困難に立ち向かってゆく。

※Netflixより引用

音なき饒舌さの中の青春

第94回アカデミー賞は『ドライブ・マイ・カー』、『コーダ あいのうた』とろう者が登場する映画が輝いているのですが、本作もまたろう者をテーマにした作品だ。舞台はアメリカにあるメリーランドろう学校。アメフトの試合が始まろうとしている。ロッカールームでは、血気盛んな者たちがウズウズしている。音はないが、身振り手振りで饒舌な会話がなされている。まるで、スポ根映画のワンシーンがそこに収められている。本作はろう学校における輝ける青春の決定的瞬間をひたすら追い求めることで、劇映画に匹敵する躍動感が演出されている。

試合中の肉体と肉体がぶつかる鼓動に始まり、負けた者が学校の陰で打ちのめされている様子。食堂では、自分の好きなスポーツに対して激論が交わされている。音はないが、彼らは健常者と同様激しく会話をし、疾風怒濤の青春を謳歌しているのだ。しかし、そんな者も卒業が見えると不安を抱く。その不安は健常者が大人社会という大海原に出る際の不安とは異なる。

今まで、ろう者同士支え合って生きてきた。マジョリティの空間に守られてきた。しかし、外に出ればマイノリティの世界となる。実際に過去に差別された記憶もある。だから不安は大きい。屈強なスポーツマンであっても不安を隠すことができないのだ。

本作は、青春スポ根映画というジャンルを意識した編集や撮影を通じてろう者を見ることにより、マイノリティの不安を救い上げる作品となっている。また、ろう学校がろう者をマジョリティとして扱い社会的に守っている空間であることも分かっていくのだ。この発見を通じて、マイノリティの痛みを伝えていく手法にこの映画の良さがある。そこには健常者の傲慢な哀れみの目がないからだ。ごく普通の青春として描こうとする努力に好感を持った。

※Netflixより画像引用

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