【Netflix・ネタバレ考察】『ミッチェル家とマシンの反乱』アニメにおいて「見る」ということ

ミッチェル家とマシンの反乱(2020)
The Mitchells vs. the Machines

監督:マイケル・リアンダ
出演:オリヴィア・コールマン、アビ・ジェーコブソン、ダニー・マクブライド、マーヤ・ルドルフ、エリック・アンドレetc

評価:75点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

自分がCPH:DOXに没頭している対岸であるアニメが話題となっていた。Netflixにて配信中の『ミッチェル家とマシンの反乱』である。『くもりときどきミートボール』シリーズや『レゴバットマン ザ・ムービー』、『スパイダーマン スパイダーバース』とアニメーションの新たな可能性を切り開いて来たフィル・ロード&クリストファー・ミラーコンビが製作した最新作となっている。このコンビはイルミネーション映画のようなバカバカしさとディズニー/ピクサー映画のようなメッセージ性の中道を突き進んでおり、その自由さとそこから来る油断の隙にかます熱い展開が魅力的であり彼らの映画は大好きだ。これはWhy not?なので早速観ました。

『ミッチェル家とマシンの反乱』あらすじ

家族でドライブ旅行中に、ロボットの反乱に巻き込まれたミッチェル家。変わり者ぞろいの一家は、力を合わせて人類の危機から世界を救うことができるのか!?

Netflixより引用

アニメにおいて「見る」ということ

アニメとは現実社会を大なり小なりデフォルメして描く娯楽である。

現実とは異質なものを見せられるかつ、基本的に意図したことしか画面に盛り込むことができないので必然と製作者/観客双方にとって「見る」行為は意識される。しかし、思いの外その行為を分析した映画は登場してこなかった。

『ミッチェル家とマシンの反乱』では、「見る」行為をとことん突き詰めた演出が魅力的な作品といえよう。例えば、我々がスマホやPCでSNSを見たり、動画を観たりする行為について考える。目の前に映っている世界は過去であったり、自分の今いる場所とは異なる為一歩引いたところから眺めていることでしょう。それをアニメで表現するとどうなるか、それは現実の写真であったり、3Gアニメに対してラフになったイラストだったりする。主人公ケイティ・ミッチェル(アビ・ジェイコブソン)から見て現実離れした世界は、実際の写真として提示される。2次元から3次元に積分することで、イメージはできるけれども自分の住んでいる次元とは異なる生活がそこで強調される。

一方で、彼女の情緒や妄想は落書きのようなテイストで表現される。それは彼女から見たときの現実に投影されていない幻影ゆえフワフワとしたものとして表現されるのだ。またSNS投稿を意識した映え写真はどうか?Instagram等を見れば、何気ない写真から汚れを取り除き、徹底的に加工しまくったフィクションが広がっているだろう。それを本作は3DCGから次元を落とした上で、サイケデリックな加工を施す形で提示している。

我々現実世界も、アニメや映え写真、自分の脳内にて具現化されたものと様々な次元が複雑に交差している。それをアニメでメタ的に描いているのだ。これだけで、興奮を覚える。

ストーリー面では王道ながらも、ヴィジュアルのギミックを優先させたところで生まれる予測不能な語りが魅力的となっており、饒舌ながらも無駄がない語りが観客を物語へと引きずりこむ。

例えば、冒頭での激しいカーアクション。トンネルから狂った家族が現れてロボットを蹴散らす場面がある。物語はこのアクションを提示した後、そこへ至る過程が提示される。再度、そのカーチェイスの場面に到達した際には、家族目線からロボットを蹴散らす姿が描かれる。また、ロボットが反乱を起こすまでの流れも、家族の何気ない日常の横にフラグを立てていき、気がついたらディストピアになっている流れを形成しており極めて自然だ。この手のディストピア映画は数多作られたけれども、人間を軟禁ボックスに収容し、沢山の人間を三角形状の船に格納して宇宙へ放りだそうとするアイデアも新鮮だったりする。

そして何よりも、ショッピングセンターでのアクションが面白い。ショッピングセンターからAIを止めるキルコードを入力しようとすると、汚染されたAIのチップが搭載された家電が襲いかかる。自販機が全力で人を殺そうとする中、家族が逃げていくとファービーの群れが襲いかかり、しまいには破壊光線を放つ巨大なファービーまで現れる。『くもりときどきミートボール』で魅せた子どもに容赦ない暴力描写、数の暴力は圧巻である。

しかしながら、そんな本作も両手を上げて賞賛できない部分もある。それは今どきの映画で、AIの倒し方が水に水没させるとはどういうことか?親玉のスマホを倒せば解決という発想自体はわからなくもないが、あれだけ様々な家電に寄生できるクラウド時代の恐ろしさを描いているのに、それだけで解決できるのには説得力が足りない。何故ならば、開発者の秘密裏であれだけの工場を世界各国に作れるのであれば、バックアップをあらゆる場所に設置していると思う。楽観視し過ぎな気もする。人類はスマホ中毒になっている描写もあることから、正しい回答はAIを説得させて共存することだったのかもしれない。バラバラだった家族が一致団結する感動的な大団円でめでたしめでたしとなっているが、実際にはそうはならないだろうなと興ざめしてしまった。

とはいっても来年のアカデミー賞は是非とも本作に長編アニメーション映画賞を受賞してほしい。ディズニー/ピクサーを倒してほしいと思う。

P.S.ファービーって怖いですよね。小学校時代、夜な夜なファービーがTレックスの「20センチュリー・ボーイ」を歌い始めた時は恐怖に慄きました。