『アネット』J’Accuse!私は内なる闇を告発する

アネット(2021)
Annette

監督:レオス・カラックス
出演:アダム・ドライバー、マリオン・コティヤール、サイモン・ヘルバーグ、福島リラ、ナタリー・メンドーサ、水原希子etc

評価:75点


おはようございます、チェ・ブンブンです。

uni主催の試写会にお呼ばれし、レオス・カラックス最新作『アネット』(2022/4/1公開)を観ました。レオス・カラックスといえば、高校時代背伸びして観て、カッコいいと思いつつよく分からないなと痛感した思い出がある。集大成といえる『ホーリー・モーターズ』から9年の沈黙の末に生まれた『アネット』は、レオス・カラックス映画の中で最もわかりやすく、彼の映画を批評的に描いた問題作であった。これらか観る方に一点だけアラートを上げておく。それは、#MeToo運動を踏まえた、性的暴行シーンがあり、これがかなりキツめの描写となっているのだ。『ラストナイト・イン・ソーホー』や『THE BATMAN-ザ・バットマン-』公開時に、トラウマ描写をアナウンスしていないことにより物議を醸したので、最初にアラートした上で感想を書いていく。

『アネット』あらすじ

「ポンヌフの恋人」「汚れた血」などの鬼才レオス・カラックスが、「マリッジ・ストーリー」のアダム・ドライバーと「エディット・ピアフ 愛の讃歌」のマリオン・コティヤールを主演に迎えたロック・オペラ・ミュージカル。ロン&ラッセル・メイル兄弟によるポップバンド「スパークス」がストーリー仕立てのスタジオアルバムとして構築していた物語を原案に、映画全編を歌で語り、全ての歌をライブで収録した。スタンダップコメディアンのヘンリーと一流オペラ歌手のアン、その2人の間に生まれたアネットが繰り広げるダークなおとぎ話を、カラックス監督ならではの映像美で描き出す。ドライバーがプロデュースも手がけた。2021年・第74回カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞。

映画.comより引用

J’Accuse!私は内なる暴力を告発する

「息すらも止めて ご覧ください」

アナウンスがあると、街中にノイズが流れる。録音スタジオには、レオス・カラックスがいる。音楽が始まる。すると、アダム・ドライバーをはじめとする映画の登場人物が右から左から現れ、やがて外へ飛び出す。『ホーリー・モーターズ』で聖堂の中をドニ・ラヴァンが行進し、そこへミュージシャンが集まる小パートをダイナミックに引用し直すところからこの映画は始まるのである。レオス・カラックスは『ボーイ・ミーツ・ガール』、『汚れた血』で横移動に拘り、『ポンヌフの恋人』のジェットスキー演出で前進の運動の可能性を見出した。『ホーリー・モーターズ』で前進の運動の集大成を描いた彼。聖堂の中に留まったパフォーマンスを外へ開放し、その運動の最後に横移動を匂わせるショットを持ってくる。『アネット』はレオス・カラックスが自分の作品を振り返る内容だとここから読み取れる。

バイクで走るヘンリー(アダム・ドライバー)、リムジンに幽閉されているアン(マリオン・コティヤール)を切り返す。白馬の王子様が抑圧されたシンデレラを救うような予感をさせながら、物語は凶悪な道を疾走することとなる。

ヘンリーはスタンダップコメディアンだ。ステージで、破壊的なパフォーマンスをするとどんなに過激であっても観客は笑う。全ての行為は肯定される。だから内なる自分を吐露できる場として機能している。人間は本音と建前で生きる。現実世界では、様々な仮面を被り訳、内なる闇を隠蔽しようとする。彼はステージで内なる闇を展開する一方で、現実では、ヘルメットをしてパパラッチの眼差しを回避しようとしている。

やがて、アンとの間に子どもが生まれる。生命の誕生は、夫婦にとって試練であり、未知なる困難に不安が付き纏う。アンは不安を抱く一方で、新たな命を迎え入れようとする。しかしヘンリーは、自由な生活や完成されたアンとの日々が崩壊することに恐れを抱き始め、その闇はステージ上でドンドン濃厚なものへ移ろいゆく。さらに#MeToo運動を彷彿とさせる6人の告発者が現れ始め、ヘンリーを糾弾。アンの心も不安に包まれていく。

「私も、ヘンリーに暴力を振るわれ捨てられるのでは?」と。


レオス・カラックスはデビュー作『ボーイ・ミーツ・ガール』から始まり、『汚れた血』、『ポンヌフの恋人』と、女性を聖女として扱い、支配する映画を一貫して撮ってきた。『ボーイ・ミーツ・ガール』でドニ・ラヴァンに「非凡になりたい」といわせたレオス・カラックスが非凡な存在となった今、過去を振り返る。女性を占有し、映画の中で殺そうとしてきた彼は内なる暴力性、加害性に気づいた。映画では、生かさず、殺さず、逃げずに有害な男ヘンリーの人生を通じて、自己と向き合った。故に予測不能かつ、社会問題に真摯な着地となっているのだ。

本作はミュージカル(厳密にはロック・オペラ)だ。しかし、ミュージカルとしては演出が良くないように見える。ステージのショットも客席から覗き込むような角度で構成され、登場人物が遠くで動いていることが多い。複数の画を重ねる演出も雑然としていて汚い。レオス・カラックスの洗練さはなくなってしまったかのように見える。しかし、これは意図的であるのは明白だ。内なる汚さと向き合うために、演出が犠牲になる必要があるのだ。実際に、安易なミュージカル映画が使用するバークレーショットを回避していることからも、カラックスの強い意志を感じる。9年の熟成期間の上に生まれた、2020年代重要な問題提起だったと言えよう。

2022/4/1(金)ユーロスペース、グランドシネマサンシャイン池袋他にて公開。

嵐のように観る者の心を揺さぶる異色作。息をする暇すら与えない驚きの映画なので、是非劇場でお楽しみください。

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※映画.comより画像引用