【ネタバレ考察】「タコピーの原罪(上巻)」陰湿なドラえもんから見る社会の複雑さ

タコピーの原罪(2022)

作者:タイザン5

おはようございます、チェ・ブンブンです。
今、Twitterで話題となっているタイザン5の「タコピーの原罪」の上巻を読みました。可愛らしいタコのキャラクターが出てくるにもかかわらず内容が陰惨だと評判で、明らかに私好みな作品だと思い接してみた。確かに、私の大好物であった一方、この作品が多くの人に読まれヒットしているのは意外だなと思った。今回は上巻を読んだ感想と、浮かんだ考察をまとめていく。なお、ネタバレ記事です。

「タコピーの原罪」あらすじ

地球にハッピーを広めるため降り立ったハッピー星人・タコピー。助けてくれた少女・しずかの笑顔を取り戻すため奔走するが、少女を取り巻く環境は壮絶。無垢なタコピーには想像がつかないものだった。ただ笑って欲しかったタコピーが犯す罪とは…!?

※Amazonより引用

陰湿なドラえもんから見る社会の複雑さ

草むらの中から、タコ型宇宙人が現れる。漂流し、命からがら逃げてきた「んうえいぬfk」は、パンを与えてくれた少女「しずかちゃん」に尽くそうとする。地球の言葉らしくタコピーと呼んでもらい、お礼に道具を出すが、使ってもらえない。さて、ここで異様な状況に気づく。我々、地球人はしずかちゃんのランドセルや風貌を見て、とてつもない凄惨さを感じる。しかし、異人であるタコピーはその凄惨さを全く理解できず、ドンドン怪しげな方向へと進んでいるのだ。タイザン5は「陰湿なドラえもんをやりたい」と語っていることから、ドラえもん構文を用いてひみつ道具を出すが、それは使ってもらえず、しまいには「仲直りリボン」が首吊りに使われてしまうのだ。

ポジティブさ故に異文化コミュニケーションが上手くいかず、恩人を殺してしまったタコピーは「ハッピーカメラ」を使って、しずかちゃんが死ぬ前に戻り、彼女が幸せになる方法を模索する。しかし、その前に暴力的な宿敵まりなちゃんが現れ、何度もしずかちゃんの愛犬を殺すトリガーを引かせてしまう。タコピーはハッピーカメラを使って何度も過去に戻ることで、打開策を見出していく。しかし、そのチートとも言えるハッピーカメラが故障する。うっかりタコピーが飛び出し、そのカメラでまりなちゃんを殴打殺害したことで、一回性の人生が最悪の形で眼前に広がり「タコピーの原罪」とタイトルが提示される。

まさしく理詰めのラース・フォン・トリアーと言えよう。タコピーの理解力の欠如と荒れた家庭環境により分身のように提示される被害者しずかちゃん、加害者まりなちゃん、その三角関係に巻き込まれる東くんが最適かつ最悪な形で道を選び、それが新たな修羅場を生み出す。ハッピーカメラの制約が鋭い。100回も犬を救うためにハッピーカメラを使う。地獄絵図だが、何度もやり直しできる安心感を与える。しかし、まりなちゃんをタコピーがうっかり殺害したことをきっかけに戻れなくなる。一方で、今まで道具を出しても感謝すらしなかった「しずかちゃん」が初めて笑顔になり、「殺害=しずかちゃんを救う方法」という恐ろしい方程式を汲み上げ、下巻への不穏な期待値を上げることとなる。

また、あれだけいじめっ子だった「まりなちゃん」が笑顔で帰宅すると、陰惨なDVの末路を魅せられる。これの切り返しは、映画的とも言える。凄惨ないじめを描き、観客の嫌悪を煽り、その絶頂で彼女の家庭環境を描くところに鋭さを感じる。

このように可愛さと凄惨さのコントラストにあぐらをかくことなく、ストーリーテリングでも業を魅せていく作品だが、これがここまで話題になるとは驚きである。通常だったら、普通の映画雑談でラース・フォン・トリアーやギャスパー・ノエ、ミヒャエル・ハネケの話をするとドン引かれるのと同様、表舞台には現れないような作品だが、大衆は「タコピーの原罪」を受け入れたこれはどういうことだろうか?


ふと、横をみればモルカーやちいかわの存在がチラつく。可愛らし雲、世界観がダークな作品であり、こちらも人気だ。特に後者に関しては、「ちい虐」というミームを公式が粉砕する程に、可愛らしいキャラクターを怪物に絞殺させようとしたり、タイムループではめたりしている。また、Netflixでは政治的デッドロックで人類が滅ぶ瞬間を描いた『ドント・ルック・アップ』が配信され、日本でも人気を集めている。

1930年代、世界恐慌で鬱屈した社会を救ったのは豪華絢爛なミュージカル映画やスクリューボールコメディだった。ミュージカルは、クソみたいな社会から人々を夢の世界に誘った。スクリューボールコメディは、クソみたいな不条理を美女にかき乱されることで、微かな鎮痛剤として機能していた。だが2020年代はどうか?人々はスマホで世界のあらゆる情報を入手できるようになった。また高画質で、世界の凄惨さに触れることもできるようになった。一方で、SNSでいくら人々が団結しようにも、利権や政治的複雑さのこじれにより最悪な方向に行ってしまう絶望も知ってしまった。これは仮説レベルだが、人々は1930年代に比べ、世界の複雑さを知りすぎて耐えきれなくなっているのではないだろうか?だから単純なハッピーエンドや、純粋な破壊でかき乱されるような話よりも、人間デッドロックにより最悪な方向に行く、現実がフィクションに浸かりつつあるから、フィクションは現実に近づけ、尚且つ現実以上の惨事を引き起こすことで、希望を見出すようになったのではないだろうか?また、世界は絶望している。可愛いものでも等しく死が訪れし、可愛いから安全な世界はないことを知ってしまっているからこそ、タコピーやちいかわは悲惨な目に遭い、それが多くの人の心を掴んだのではないだろうか?

そう考えると、「タコピーの原罪」は社会のニーズにより生み出された魔界といえる。好きな作品ではあるが、あまりの恐ろしさに人にはオススメできない。また、DV経験者にとってはフラッシュバックする可能性が高い作品なので、慎重に取り扱う必要がある。下巻が楽しみである。

※Amazonより画像引用