【ネタバレ考察】『ドリームプラン』君たちには人生RTAを走ってもらう。クソみてぇな人生を歩まぬために。

ドリームプラン(2021)
King Richard

監督:ライナルド・マルクス・グリーン
出演:ウィル・スミス、アーンジャニュー・エリス、サナイヤ・シドニー、デミ・シングルトン、トニー・ゴールドウィン、ジョン・バーンサル、リーヴ・シュレイバーetc

評価:90点

おはようございます、チェ・ブンブンです。

第94回アカデミー賞のラインナップを観ていたら主演男優賞で『The Tragedy of Macbeth』と『King Richard』が並んでいた。目玉のシェイクスピア映画2本もあったっけ?しかもリチャード王役をウィル・スミスがやるの?と思っていたら『ドリームプラン』であった。確かに日本ではシェイクスピアの解像度が低い傾向にあるにせよ、安易に邦題に「ドリーム」とつけてしまうところにはいかがなものかと思う。そして実際に観ると、実話ものでありながら、自分の不遇をバネに栄冠を得ようとするリチャード・ウィリアムズはリチャード王と重なっている。また、ビーナスを暗殺者とニックネームつけるところもにも「リチャード三世」の面影を感じる。それを踏まえると、感動の家族愛実話ものとして宣伝しているのはこの映画の本質とは異なる。確かに、一見父親が無茶苦茶な計画の末に栄冠を勝ち取る物語に見えるが、そこには有害な父親像の掘り下げがある。そして安易に批判することなく、外側からみると不条理で有害なリチャードの中にある条理を見出すことに徹している。さて、そんな傑作『ドリームプラン』について語っていこう。

『ドリームプラン』あらすじ

ウィル・スミスが主演・製作を務め、世界最強のテニスプレイヤーと称されるビーナス&セリーナ・ウィリアムズ姉妹を世界チャンピオンに育てあげたテニス未経験の父親の実話を基に描いたドラマ。リチャード・ウィリアムズは優勝したテニスプレイヤーが4万ドルの小切手を受け取る姿をテレビで見て、自分の子どもをテニスプレイヤーに育てることを決意する。テニスの経験がない彼は独学でテニスの教育法を研究して78ページにも及ぶ計画書を作成し、常識破りの計画を実行に移す。ギャングがはびこるカリフォルニア州コンプトンの公営テニスコートで、周囲からの批判や数々の問題に立ち向かいながら奮闘する父のもと、姉妹はその才能を開花させていく。2022年・第94回アカデミー賞では作品賞、主演男優賞(ウィル・スミス)、助演女優賞(アーンジャニュー・エリス)ほか計6部門にノミネートされた。

映画.comより引用

君たちには人生RTAを走ってもらう。クソみてぇな人生を歩まぬために。

リチャード・ウィリアムズは壮大な人生プランを立てていた。それは娘ビーナス、セリーナを最強のテニスプレイヤーにし巨額の富を築くことだった。早速、公営のテニスコートで特訓を始める。不良に絡まれても無視する。「彼らに関わったら栄光はないんだ」と。そのストイックさから、近所に児童虐待を疑われ通報されても徹底的に論破する。彼のプランにない計画は叩き潰すのみだ。その力技で、コーチを無料で手配し、コミュニティに入ることにも成功した。ジュニア部門の試合で、ビーナスは優勝。コーチがつかなかったセリーナも良い成績を収める。しかし、いざスポンサーから大金を提示されるとリチャードは断る。それどころか、「娘たちにはジュニアの試合には出させない。勉学を優先する。時が来たらプロになる。」と言い始める。通常、プロになるにはジュニアで試合経験を積む必要がある。それをしないというのだ。新しいコーチを騙して、コミュニティに潜入しながら3年間も娘を試合に出させない。彼女は着実に実力をつけているのに何故だろうか?


本作は人生をRTAするもんだと勘違いした親父による狂った走法を2時間半魅せられる。徹底的に試合を回避し、それでもって着実に栄冠の階段を登らせていく異様な状況。これが現実に起こっていることと知ると恐怖すら覚える。ウィル・スミスは、自分の有害さに気づいているようで被害者ぶって気づかない優しさの仮面を被った狂気を熱演している。

『ドリームプラン』の良いところは、単なる狂気としてリチャードを描くことなく、そうなるきっかけとなる瞬間を的確に捉えていくところにある。テレビには警察が黒人に暴行を振るう場面が映る。リチャードはKKKが大暴れしていた時代、公民権運動時の暴力を知っている。そんな嫌な思いを娘にさせたくないと感じている。しかし、リチャード自身、チンピラに暴力を振るわれて、銃で報復をしようとしている。目の前で変わりに別の人物がチンピラを殺したことで我に帰る。また、彼はジュニアに出たプレイヤーが薬物で捕まっている様子を目撃している。つまり、彼は娘たちを逃すために、試合に出させず栄冠を手にする道を模索する。

また、彼が面倒臭くなったきっかけが最初のコーチにあったりする。コーチを無償でつけることに成功したリチャードだったが、自分の手から娘が離れてしまうとなんだか嬉しくない。自分のプランから外れてしまうのではないかと不安になる。これが転換期となる。今までは、テニスプレイヤーが4万ドルの小切手を手にすることに憧れていたが、スポンサーやコーチは傲慢で自分に歯向かう者だと認識するようになる。これが、スポンサーやマスコミに噛みつくきっかけとなる訳である。

このように、リチャードの目の前で不快が発生する描写を丁寧に挿入することによって、段々とリチャードの行動原理が読めてくるのである。

また『見知らぬ乗客』とまではいかないが、試合描写も決定的瞬間を連ねていくところが魅力的だ。玉がコートのギリギリ、ネットを攻める。それを時にリカバリーしたり、ネットにぶつかってミスとなったりする様子を執拗に追っていく。カットは多いが、ギリギリの闘いを十分引き出している。さらに、最終戦でライバルがトイレに立て篭る狡猾な戦略に出る場面では、ねっとりと宙ぶらりんになった試合時間を捉えていき、ビーナスの精神が汚染されていく様子を描いていく。

つまり、本作はシンプルな感動ドラマではないのだ。野望に取り憑かれたリチャードの狂気を、彼目線で描いていく。それを肉付けする眼差しが2時間半飽きさせることなく、家侵入ものに匹敵するグロテスクな挙動を盛り上げているのだ。


全くデートせずに攻略する「ときめきメモリアル」RTAなんかが現実で起こったら怖すぎるなと戦慄する私でした。

第94回アカデミー賞関連記事

【NETFLIX・ネタバレ】『ドント・ルック・アップ』下を向いて歩こう歪んだ星を数えて
【NETFLIX】『パワー・オブ・ザ・ドッグ』男らしさが支配する世界
【ネタバレ考察】『ドライブ・マイ・カー』5つのポイントから見る濱口竜介監督の深淵なる世界
【ネタバレなし】『ドライブ・マイ・カー』濱口竜介の新バベルの塔
【Netflix】『ロスト・ドーター』母親の呪縛、私は干渉したい
『HIVE』コソボ、ミツバチの足掻き
『DUNE/デューン 砂の惑星』ヴォイスが我々に語りかける
『FLEE』ヴァンダムのように強くなりたい!
【Netflix・ネタバレ考察】『ミッチェル家とマシンの反乱』アニメにおいて「見る」ということ
『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)』忘れ去られた黒人の黒人による黒人のための祭典。
【YIDFF2021】『燃え上がる記者たち』自由がないから私は結婚しません
【ネタバレ考察】『フリー・ガイ』They Did
【ネタバレ考察】『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』失われたマドレーヌを求めて
【ネタバレ考察】『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』移民問題に対するシビアな選択
【アカデミー賞】『The Long Goodbye』リリックは痛みから生まれる
【アカデミー賞】『ことりのロビン』アードマンの囀りミュージカル
【アカデミー賞】『BESTIA』チリ情報局員が秘めた或る亀裂
【アカデミー賞】『私の帰る場所』ホームレスを救え!
【アカデミー賞】『ベナジルに捧げる3つの歌』ボクらは学校にも軍にも入れない

※MUBIより画像引用