【ウクライナ映画】『リフレクション』引き摺る、べっとりとした痛みの刻

リフレクション(2021)
原題:Відблиск
英題:Reflection

監督:ヴァレンチン・ヴァシャノヴィチ
出演:ロマン・ルーツィク、ニカ・ミスリツカ、アンドリー・リマルーク、ドミトロ・ソバ、Vasiliy Kukharskiy etc

評価:100点


おはようございます、チェ・ブンブンです。

先日、ウクライナ支援のクラウドファンディングのリターンとしてヴァレンチン・ヴァシャノヴィチ監督最新作『リフレクション』をユーロスペースで観てきました。ヴァレンチン・ヴァシャノヴィチといえば東京国際映画祭で観た『アトランティス』で、マグマに飛び降りる男強烈な画が印象的出会った。観た当時は物語的にピンと来ず、また連日の映画祭通いで疲れていたこともあり低評価だった。さて、今回『リフレクション』を観たのだが、ヴァレンチン・ヴァシャノヴィチの板についた閉塞感の表象が凄まじく年間ベスト級に素晴らしかった。矢田部さんをはじめとするスタッフに感謝しかない。ということで書いていく。

『リフレクション』あらすじ

Ukrainian surgeon Serhiy is captured by the Russian military forces in the conflict zone in Eastern Ukraine and while in captivity, he is exposed to horrifying scenes of humiliation, violence and indifference towards human life.
訳:ウクライナ人の外科医セルヒイは、東ウクライナの紛争地域でロシア軍に捕らえられ、監禁中に屈辱、暴力、人命への無関心といったおぞましい光景にさらされることになります。

IMDbより引用

引き摺る、べっとりとした痛みの刻

外科医Serhiyは別れた妻Olhaと娘Polinaに会いに来る。彼女の今の夫であるAndriyがやつれた顔のSerhiyに酒を差し出す。それを飲むか否か悩む彼の顔には様々な葛藤が見える。既に凄惨な状況を観てしまっている彼は、酒で忘れることを躊躇しているようだ。その迷いを引き裂くように、ガラスの向こうから銃声が聞こえる。娘たちはサバゲーを始めていたのだ。ガラスには、ペイント弾が流れ着く。平和に会話しているが、戦場では広い空間を埋め尽くすような銃弾が流れていることを示唆している。やがて試合は終わるが、娘が渾身の演技で死に倒れる兵士の真似をし、Serhiyの精神を少し傷つける。『リフレクション』は強烈なガラス張りの空間を用いて戦場の痛みを伝えるところから始まるのだ。

Serhiyは再び、手術室という戦場に戻る。手遅れな治療、直視しがたい傷跡を見る日々が始まる。そんなある日、車で移動していた道中、襲撃されて捕虜として捕らえられてしまう。拷問に始まり、長回しでシャワー室に連行、そして酷い拷問現場へと導かれる。

「お前、外科医だな。こいつは生きているのか?」

と聞かれる。そして、「生きている」と答えても「死んでいる」と答えても死しかない絶望を味わう。絶望の淵で自殺しようとも、人間そう簡単に死ねるものではない。死ねないSerhiyは生き地獄を歩き続けるしかないのだ。本作は“REFLECTION=鏡映”とあるだけに事象の対比が鋭い。戦争に戻る前夜、Serhiyはレコードを聴くのだが、じっくりとケースからレコードを取り出し、清掃にかけ、聴くといったプロセスを踏んでいる。娯楽を嗜む豊穣な時間がそこにある。しかし、それが戦場になると、死んだ捕虜を焼く時間に変わるのだ。錆び付いた門がゆっくり軋み音を轟かせながら開き、焼却車が迫り出す。そして遺体を穴へ入れ、焼き切るまで待つのだ。そんな戦場で彼は拷問され、今にも死にそうなAndriyを見つける。そして楽にしようと殺すのだ。

命がけで、なんとか帰還した彼には、べっとりとした痛みが残っている。まるで、ガラスに激突した鳥の痕跡がなかなか消えないように、彼の中で反復する。そして、日常の事象が不安の増幅装置のように襲いかかってくる。不気味に追いかけてくる犬や、馬から投げ出され怪我する娘、冷え切った元妻との関係。Andriyのことはあまりにも酷いので話すことができない。当事者の痛みと、当事者の近くにいる者の痛みが広がり、いつまでも消えないいたたまれなさが映画を包んでいた。

ヴァレンチン・ヴァシャノヴィチは多様なガラス表現や、固定と移動のカメラ切り替えでもって閉塞感を表象した。単なるカッコつけに陥ることなく、物語の本質に迫りかつユニークなアプローチで描き切った彼にただただ平伏すのみだった。

P.S.劇場を出るとレオス・カラックス監督がいた。私は動けなくなった。彼の圧倒的なオーラを前に。怖いイメージがあったが、彼は小雨降るユーロスペースの下で微笑んでいた。私は幻を観たのだろうか?しかし、この眼にはカッコ良過ぎる彼の姿が焼き付いていた。

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※MUBIより画像引用