『裸足で鳴らしてみせろ』「どこへ」ではなく「なにを」を内に宿す

裸足で鳴らしてみせろ(2021)
Let Me Hear It Barefoot

監督:工藤梨穂
出演:佐々木詩音、諏訪珠理、伊藤歌歩、甲本雅裕、風吹ジュンetc

評価:90点


おはようございます、チェ・ブンブンです。

『オーファンズ・ブルース』で注目された工藤梨穂監督新作。澄んだ青いプールのビジュアルに惹かれて観たのだがこれが不思議な映画であった。

『裸足で鳴らしてみせろ』あらすじ

寡黙な青年ふたりの愛と欲望の行方を、偽りの旅と肉体のぶつかり合いを通して描いた青春映画。「オーファンズ・ブルース」がPFF(ぴあフィルムフェスティバル)アワード2018でグランプリを受賞した新鋭・工藤梨穂監督が、PFFスカラシップ作品として制作した商業映画デビュー作。

父の不用品回収会社で働く直己と、市民プールでアルバイトしながら目の不自由な養母の美鳥と暮らす槙。ふたりは美鳥の願いをかなえるため、直己が回収して手に入れたレコーダーで“世界の音”を記録することに。サハラ砂漠、イグアスの滝、カナダの草原など各地の名所の音を記録していく中で、互いにひかれながらも触れ合うことができない直己と槙。言葉にできない彼らの思いは、じゃれ合いから暴力的な格闘へとエスカレートしていく。

「オーファンズ・ブルース」の佐々木詩音が直己、「蝸牛」の諏訪珠理が槙を演じる。

映画.comより引用

「どこへ」ではなく「なにを」を内に宿す

不良品を回収する仕事をする直己はプールでバイトする槙とヒョこんなことから仲良くなる。槙には盲目の婆ちゃん美鳥がいる。彼女はかつて世界一周旅行をした。盲目になれど、かつての美しい情景は内にしっかり残っている。彼女は、自分の代わりに世界を見てきてほしいと金を槙に託す。しかし、彼は海外に行くことなく近所で音を採取して彼女を喜ばそうとする。そこに直己も参加する。

まず、盲目の婆ちゃんの視界を使ったサスペンスが面白い。すぐそばに槙はいる。目の前に彼はいるが、美鳥は気づかない。しかし、彼を視界に捉えることで「遠くて近い存在としての彼」が現出する。このスリリングながら抽象的な概念を具体的に画に落とし込んでいく演出が魅力的である。

そして本作はコロナ禍でもはや「どこにも行けなくなった世界」に希望的観点を与えてくれる。海外へ行くこと、遠くへ行くことが重要なのだろうか?物理的手触りにこだわる直己は、心に残る思い出を重要視する槙に惹かれていく。旅本を片手に、世界の情景を思い浮かべながら身近にあるもので再現していく。「どこへ」ではなく「なにを」へ置換することでプールは青の洞窟へと変わり、倉庫の光にアンテロープキャニオンを感じる。

仮想化された世界旅行、小さい世界で展開される旅を通じて、二人だけのかけがえのない思い出が醸造されていく。直己は槙を抱きしめる。これが唯一の物理的手触りだ。それが離れた時、直己は槙と同じ視野を得る。車越しに手触りが流れ、去っていく。その切なくも、内に光が宿っていくクライマックスの美しさに泣いた。

※映画.comより画像引用