【ネタバレ考察】『ONE PIECE FILM RED』ミュージカルと思ったらポリティカルSFホラーだった

ONE PIECE FILM RED(2022)

監督:谷口悟朗
出演:田中真弓、中井和哉、岡村明美、山口勝平、平田広明、大谷育江、山口由里子、矢尾一樹、チョー(長島雄一)、宝亀克寿etc

評価:65点


おはようございます、チェ・ブンブンです。

「ONE PIECE」に関してはほぼ未履修。勾玉を投げる田中邦衛似の人が出てくるぐらいしか知らない(「かわなみのアフレコ」チャンネルで存在を認知しました)のだが、今度対談するコンゴ民主共和国在住の方が『ONE PIECE FILM RED』を現地で観たとの報告があったので私も観ることにした。

これが想定していたものと良い意味で全く違うものであった。
今回は、ネタバレありで書いていく。

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『ONE PIECE FILM RED』あらすじ

2022年7月で連載開始25周年となる大ヒットコミック「ONE PIECE」の劇場版アニメ。長編劇場版通算15作目で、原作者の尾田栄一郎が総合プロデューサーを務める“FILMシリーズ”としては、2016年公開の「ONE PIECE FILM GOLD」以来4作目。

素性を隠したまま発信される歌声が「別次元」と評され、世界でもっとも愛される歌手ウタが、初めて公の前に姿を現すライブが開催されることになった。そのことに色めき立つ海賊たちと、目を光らせる海軍。ルフィ率いる麦わらの一味は、何も知らずに、ただ彼女の歌声を楽しみに会場にやってきた。世界中から集まったファンが会場を埋め尽くし、いよいよ待望の歌声が響き渡ろうとしている。しかし、ウタが「シャンクスの娘」であるという事実が明らかになったことから、事態は大きく動き出していく。

ウタ役は声を声優の名塚佳織、歌唱を歌手のAdoが担当する。監督は「コードギアス」シリーズや「プラテネス」などで知られる谷口悟朗。「ジャンプ・スーパー・アニメツアー‘98」内で上映された「ONE PIECE」初のアニメ作品「ONE PIECE 倒せ!海賊ギャンザック」で監督デビューした谷口監督が、それ以来に「ONE PIECE」作品を手がけた。

映画.comより引用

ミュージカルと思ったらポリティカルSFホラーだった

最初はミュージカル映画だと思っていた。正直、ミュージカル映画としてはイマイチだ。ル・モンド誌が「Préparez-vous à endurer les longues chansonnettes pop sucrées d’Uta.(ウタの長くて甘いポップスを我慢してください。)」と苦言を呈していたように、くどくて著しく物語進行を停滞させるミュージカルパートが致命的だ。そこにはウタの身体表象を魅せようという気概はなく、まるでカラオケで流れるダイジェスト映像のように群衆とウタを捉えていく様子に頭が痛くなった。安易なバークレーショットを挟まなかったところで致命傷を免れた感じか。


さて、物語はウタのライブから始まり、海賊が誘拐を試みる『ストリート・オブ・ファイヤー』を彷彿させる展開になるのだが、ウタの異常な平和主義によってステージ中央で問題が解決してしまう。ここにウタの不穏な翳りを感じる。それはどんどん増幅していき、なんと物語は『ボディ・スナッチャー/恐怖の街』のような物語へと発展していくのだ。

ウタは自由自在にスペクタクルを生み出す。通常、この手の物語において登場人物は1つしか能力を持っていないように思えるが、明らかに手数が多い。その正体に気づいた時にはルフィーたちはもちろん、海賊や偵察に来た者は手遅れとなっている。物理法則を完全に支配できる、ウタの仮想世界に閉じ込められている状態となってしまうのだ。ルフィーたちは身体的コントロールをウタに奪われてしまう。現実世界では、ウタによって操られてている一般人が海軍に襲い掛かっているのだ。

ウタは世界平和を目指すため、歌で大衆を一つにしようとする。しかし歌を政治利用し、思想を全面に出すことである種のカルト教団化する。純潔な彼女は、他者の労働や信仰を否定し逆鱗を買うのだが、権力を暴走させ収拾が付かなくなっていくのである。

本作が興味深いのは、純潔な思想の暴走の横で血生臭い大人の政治が描かれるところにある。海軍は冷徹に犠牲を伴う収束を目指す。一方、シャンクスたちはかつて自分が選択した政治選択が誤っていたことに対して、誰も死なせない形で後始末しようとする。だが、その対立の中で時間が経過し、ドンドン事態が悪化していく。政治とは、思想が対立するものであり、その中でいかに被害を最小限にするかである。そして、自分の思想をゴリ押すことは悲劇を生むことを大人たちは知っている。だから海軍であれども攻撃は慎重に行われ、状況によっては手を引っ込める。

つまり、本作は一方的な信条により独裁国家化する様を背に、政治的対話のあり方を考察する極めてポリティカルな物語だったのだ。

日本がカルト独裁国家だったことが暴かれる昨今。そんな状況下で本作が上映されヒットするという光景。これに驚かされた。今こそ『ボディ・スナッチャー/恐怖の街』をリメイクすべきと思っていたが類似系をONE PIECEで目撃するとは、これだから映画はやめられない。 

※映画.comより画像引用